コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

「中国絶望工場の若者たち」(福島香織著)を読んだ

中国が超格差社会であることはすでに広く知られているが、その中でも事実上の身分制度ともいうべき農民戸籍に属しながら、都会で生まれ育ち、あるいは高い教育を受け、つかみたい夢と現実の社会制度のあいだでもがいている層がある。それがこの本で取り上げられている「第二代農民工」だ。

農民工は厳密には農民ではなく、都会に出稼ぎにきている人々だ。彼らはいわゆる3K仕事や製造業、小売業などにつくことがほとんどだ。彼らは一生のうちのほとんどの時間を都会で過ごすが、都会住民からは警戒と差別と侮蔑の眼差しを向けられる。田舎者ゆえ教養がない、自制心や道徳心が低く犯罪予備軍のような人々がいる、都会の豊かな資源を食いつぶしにきた余所者…...都会住民が農民工に抱く見方のテンプレートはこんなところだ。農民工は敏感にそれを感じとり、自分が暮らす都会の住民たちに受け入れられないことを悩み、アイデンティティを見失い、不安感やストレスからちょっとのきっかけで逆上してデモやストを引き起こす。

この本ではさまざまな農民工の声を取り上げながら、彼らの幸せ、不安感、自己表現の望みなどを、女性らしい細やかさでていねいに拾いあげている。差別的な見方が身についてしまった中国人より、日本人の方がこういう若者の絶望と希望を理解してあげられるかもしれないという著者の考えにうなずいた。

「老舗を再生させた十三代がどうしても伝えたい 小さな会社の生きる道」(中川淳著)を読んだ

おもしろい。要約するのはもったいない、全文繰返し読みたい、そんな一冊。

小説「限界集落株式会社」の現代版といおうか、小さなものづくり会社のブランディングを通して会社が元気になっていった実際のストーリーや、そこから見えてきた中小企業を元気にするノウハウがつまった一冊。第一部では五つの事例を取り上げているが、どれもドキュメンタリー番組の素材になりそうな事例だ。ものづくり会社がしだいに元気になり、成功していくのを読むのは嬉しい。

そのうちの一つ、有限会社マルヒロ(長崎県)のケース。

従業員六名、売上高八五〇〇万円。有田焼の下請け産地として、上絵付けをする前の磁器を得意とする製造・卸会社だが、地元波佐見の波佐見焼として認知されるべくブランド展開を志す。三十代の若き後継者がいる。

最初はその方に経営について学んでもらい、ちっとも活用されていなかった販売管理ソフトのアイテム別・商品マスタ別売上出力から始める。何度か打ち合わせするうちに、後継者がやりたいのは実は映画館で、そのために新しい焼き物ブランド"HASAMI"はただの焼き物ではなく、カフェなどにも映える「総合カルチャーブランド」でいくと方向性が決まる。

ではそれをどういうイメージで表現するか? お客さんにどう伝えるか? を検討し、アイテムを決め、色数、価格が出揃ったところで売上予測数と予測売上高をはじいて方針確認。また、商品説明のために筋の良い組み立て、ストーリーをつくる。いよいよ本番へ…。

ドキュメンタリーだけでなく、小さなものづくり会社をどのように経営するかの方法論にもなる。やりたいことを段階踏んで形にする方法についても、学ぶことがたくさんある本だ。

 

「江戸の卵は1個400円!モノの値段で知る江戸の暮らし」(丸田勲著)を読んだ

江戸時代の日常生活が身近に感じられる一冊。羅宇屋(煙管専門の修理屋)など今はもうあまり見られない商売から、鰻蒲焼売りなど今でもよく見る商売までなんでもござい。そんな中でも面白い値段がついていたものをいくつか。

米: 一升(約1.5 kg) 1200円-1800円

言わずと知れた主食。今はスーパーで10キロ3000円、一升に換算すれば450円くらいだが、江戸時代当時は一升1200円-1800円、天明の大飢饉の時などは一升6000円-8000円まで高騰したという。これでは白いめしを腹一杯など夢のまた夢だ。

鰻の蒲焼: 一串320円

これなら毎日食べられそう。

住居:月8000-12000円

裏長屋にある1Kの部屋が8000-12000円程度。驚くほど安い。今の時代にこんな家賃で借りれるのはよほどの古屋か事故物件か。ただし壁が薄いから夏は暑く冬は寒く、プライバシーはないも同然。

傘: 蛇の目傘12000円-16000円、番傘4000円-6000円

あっけにとられる値段。童謡「あめふり」で「かあさんが じゃのめでおむかえ うれしいな」という歌詞があるが、江戸時代ではとても無理。

芝居見物: 2600円(土間)-70000円(桟敷)

歌舞伎にあたる芝居見物は庶民席なら意外とリーズナブルだが、かなりの大混雑で漬物並みにぎゅう詰めにされたとか。ちなみに喫煙可能で、ライターなどはないから、火縄番に400円払って煙草セットを買い、火をつけてもらった。

「1時間でわかるビットコイン入門」(小田玄紀著)を読んだ

ビットコイン分割がニュースになっていたが、私はそもそもビットコインとはなにか知らないので、基礎知識のために読んだ一冊。著者は自らの会社でもビットコイン取引を取り扱っているため自然とメリットを強調する本になるが、内容はわかりやすい。

まず面白いことにビットコインはある人物がブログ上に公開したプログラムコードをベースとしているが、この人物が誰かは明らかになっていないという。だが考え抜かれて設計されたビットコインの仕組みを見ると、その人物は相当金融に詳しいように思える。

ビットコインの最大の特徴は、事実上の通貨でありながらどの国家権力とも関わりがないことだ。このため自国通貨が弱い発展途上国ではドル同様ビットコインが好まれることがある。またネットを介してすぐにやりとりできるため、海外送金などもたやすい。つまり、政府や銀行の管理下にない通貨だ。これを面白くないと思う向きも当然あり(何しろ税金や手数料の取りようがないから政府や銀行にとってはマイナスだ)、国によっては厳しく規制される。

ビットコインはプログラム通りに発行される「ネット上の通貨=仮想通貨」だが、発行上限は決まっており、また上限が近づくにつれて発行量が小さくなるよう設計されている。発行当初はとにかくみんなに知ってもらって使ってもらわなければいけないので大量発行するが、ビットコインビジネスが広がったあとは価値をあげるためにあえて発行量を抑えるという考え方だ。

また、ブロックチェーンという技術で信頼性を確保しているのも面白い。銀行のデータはセキュリティがしっかりした中央サーバに保存されるが、維持管理にコストがかかる。一方ブロックチェーンは中央サーバを必要としない。同じ内容のデータを複製して複数のパソコンに分散させ、ある一ヶ所で改竄されても、他のデータと比較することですぐに気づいて修正できる仕組みだ。

ビットコイン自体は分割騒ぎやら価値変動が激しいやら、さまざまな課題があるが、政府や銀行に管理されない事実上の通貨を発行・使用できる、という現実を作り出したのはとても面白い。仮想通貨がもっと普及すると、もしかするとこれまでの経済政策そのものが成り立たなくなるかもしれない。その時政府の経済担当機関はまだ必要とされるだろうか?

 

「合理性を超えた先にイノベーションは生まれる」(金子智朗著)を読んだ

合理性とは「すでにある理屈に合う」ことだ。一方イノベーションとは「この世にないもので、みんなが(無意識に)欲しいと思っていたを作り出す」ことだ。合理性からイノベーションが生まれないのはこれだけでも明らかだ。

とはいえ、ルールを無視すればいいわけではない。著者は「逆説的ではあるが、合理性を超えるためには合理性を踏まえることが必須条件である。ここが、合理性を超えることと無謀との違いである。」という。自分がやろうとしていることが従来の理屈では説明できないとわかった上で、なおそうすることにメリットがあると信じるからこそ動く。そこにイノベーションが生じる。「従来の理屈に従っていたのではほしいものが得られない」と確信した時とも言える。そう判断するにはまず従来の理屈を知っている必要がある。

この本は、しかし一方で、そういう非合理的なビジネス判断をするのがとても難しいことも述べている。

最もいいのはカリスマ性のある創業者が強い発言権をもっている会社だ。創業者であれば多少無茶も言えるし非合理的な決断もくだせる。

だがこれが雇われ社長だったらどうだろう。さらに株式会社で上場企業であればどうだろう。株主に、合理的でないことを納得させるのは難しいし、失敗すれば矢面に立たされる。そういう状況で非合理的な決断など下せるだろうか。

この点についての著者の記述は歯切れが悪い。創業者であれば…ということが何度か述べられる。そうでない会社がどうやって非合理的な決断をしてイノベーションを起こせるか、仮説を立てることすら難しいのだということが、はからずとも伝わっていた。

 

「これからデータ分析を始めたい人のための本」(工藤卓哉著)を読んだ

「努力や勇気ある一歩を踏み出したとしても、目的や着地点への方向性がなければ(その努力や行動の結果は)不十分なものになるだろう」(J.F.ケネディ)

 

本書の著者は、このメッセージをこそ伝えたいという。

統計、ビッグデータディープラーニングなどの機械学習。これまでなしえなかったさまざまなデータ処理理論が時代の寵児のごとくもてはやされており、人工知能が人間の代わりになる日も遠くないという評論も珍しいことではなくなった。

だがこの本を読むと、それだけでは不十分と分かる。なぜなら、データ分析は最適な意思決定をするための手段だからだ。データ分析の目的を決めるのも、そのための方向性を示すのも、出てきたデータ分析結果を現場業務に落としこんで利用するのも、人間にしかできないからだ。

 

この本はデータ分析をし、事象のばらつきを見抜くための基礎知識をわかりやすく解説している。著者が挙げる、理解しておくとよい八つの解析手法は、要約統計量、ベイズ確率、相関分析、K-means法、協調フィルタリング、分散分析、重回帰分析、ロジスティック回帰分析だ。(私は大学で統計解析の単位を落としているくらいなので、このうち半分も聞いたことがないが)

だがこの本のすぐれているところはそれだけではない。プロジェクトを成功させるための方法論も書いている。著者が力を入れて述べているのは、データ分析は目的をもって、解決すべき経営課題をはっきりさせた上で行うべきであり、データ分析の結果出てきた提言を会社業務に反映させるためには、人事評価制度の改訂や組織再編にまで踏みこむ必要があることもしばしばである、ということだ。当然経営陣の理解と決断、トップダウンの遂行、現場の理解と行動が必要になる。これらはすべて人でなければできないことだ(在庫管理ロボットに指示するだけというケースも稀にあるかもしれないが)。

このため、たとえビッグデータディープラーニングがどれほど発達したとしても、必ず最後は人が関係することになる。それを忘れては、経営陣や現場の理解がえられず、どんなすぐれたデータ分析結果も生かすことはできない。著者が言いたいのはそういうことだ。

 

「プラチナデータ」(東野圭吾著)を読んだ

人は平等ではない。

読みきったあとに浮かんだ強い感慨だ。

 

物語は、遺伝子情報から犯人を特定する画期的なDNA捜査システムが実働するところから始まる。そのシステムは驚異的なもので、たった一本の毛髪から身長・体重・血液型・身体的特徴はもちろん、顔の造作すらほとんど写真に近い精度で再現できる。これにより検挙率は格段にあがった。

だがある日、DNA捜査システムの開発者である天才的数学者、蓼科兄妹が殺された。現場に残された毛髪から犯人をつきとめようとするシステム管理者の神楽だったが、コンピュータが示したのはなんと彼自身の顔だった。驚愕する神楽に、真相につながるあるプログラム「モーグル」の存在が知らされる。「モーグル」の行方を追う神楽は、やがて核心的なキーワードにたどりつく。「プラチナデータ」。この小説のタイトルだ。

 

プラチナデータ」の意味と殺人事件の真相にふれることは控えるが、後味は非常に悪いものだった。

単純に悪が正義に成敗される小説ではない。「プラチナデータ」についていえば悪も正義も関係ない。言ってみれば「プラチナデータ」は、DNA捜査システムはどういうものであって欲しいか、という問いへの答えだ。ただし、問題は常に、誰が、どういう意図をもって答えるかにある。