コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

「教養としての人工知能」(福岡浩二著)を読んだ

今一番将来性がある分野は?  と聞かれて、私は「AI」と即答した。

この本は人工知能の歴史と、人工知能について現在政府や企業が取り組んでいることを紹介し、人工知能とどう向き合えばよいかについて考える材料を与えてくれる、読みごたえがある一冊。

そもそもディープラーニングというものができてから人工知能は飛躍的に成長したというが、ディープラーニングとはなんだろう? というのが私の疑問だった。著者はそれに「特徴となる要素を機械自身が抽出できるようになった」と明快に答えた。

なるほど、私は猫を見ると猫だと分かるが、頭の中では無意識に「毛がある、ヒゲがある、しっぽがある…」などと考えているのかもしれない。それらの特徴を記憶した機械であれば、猫だと判断できるのだという。これまでは「毛」「ヒゲ」「しっぽ」といった特徴を決め、機械に覚えさせるという果てしなく面倒臭いことを人間がしなければならなかった。しかし、統計学的手法を使えば、猫の写真を山ほど見せて機械自身に関連性を解析させることができ、やがて「毛が共通点らしい」と機械自身が判断するようになる。

人工知能は、「膨大な情報を」「高速で学習し」「関連性を解析して」「それをもとに行動する」。情報処理能力は人間をはるかに超えるため、人工知能が関連性ありと判断しても、人間には理由がよく理解できない。この部分はブラックボックスと呼ばれるゆえんだ。

ただし理由がわからなくても直感的に「確かに関連している」と判断できる分野では人工知能はおそろしく強い。Googleの検索結果に関連する広告しかり、Skypeの同時通訳機能しかり、Amazonのおすすめ商品しかり。機械的に関連していると分かっているもの、たとえばセンサーやソフトウェア、ハードウェアが繋がった工場や工業プラントについては、これらを統合する"Industrial Internet" という概念がある。アメリカではすでに弁護士が判例探しに人工知能を活用している。医療分野でも診断できる人工知能が開発されている。いずれも過去の例と現在の関連性を見つけるという強みを生かしている。

一方で、この本では人工知能のリスクについても触れられている。良く知られているのは、人工知能が人間の仕事を奪うということだ。あまり触れられていないが、人工知能の限界は「存在しない例は学習できない」、すなわち新しい発明ができないことだという。それは人間がやらなければならないと。だが、それができるエジソンピカソのような例外を除けば、人工知能で代替できると言われても困る。

また、人工知能が人間を超えることも危惧されている。この点について私は「スカイネットを作るかドラえもんを作るかの違い」とものすごくざっくり理解している。とはいえドラえもんだって、ネズミに逆上して地球破壊バクダンを出しかけたのだが。結局は著者の言うとおり「設計次第」ということか。