コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

「よい旅 よい味 よい人生」(田中澄江著)を読んだ

最初の一文で、とても美しい日本語を書くひとだと思った。

著者は明治生まれで21世紀になる直前に亡くなったが、70代でも毎年50座は山登りをするような健康な方で、「花の百名山」を選んでいる。恵まれた家庭環境に生まれ、医師一族のもとに嫁いだ。戦後に生家婚家ともに没落したものの、育ちの良さ、上品さが文章のはしばしから匂い立っている。脚本家・随筆家として数十年かけて磨かれた文章力もある。もしお会いできれば、それこそ美智子皇后陛下のように上品な老婦人なのではないかと、想像をたくましくしてしまう。本人は「山歩き用のリュックサックに凝っていて、時に本など重いものをたくさん持つ必要のあるときは、町の中でもしょって歩く。銀座もその姿で歩く。そしてしばしばかつぎやにまちがえられている。」なんて、涼しげな顔で書いているが、それもまた面白い。

著者は一年の三分の一は旅ですごし、その半分は山に登っているという。この随筆の中にも薦めたい旅先、民宿、山歩きがふんだんに盛りこまれており、和食についての記述などは読んでいると口の中に佃煮の味が広がるかのように錯覚するほどだ。

著者が山を一番好きなのは、「苦しい」ということだという。全身の力を出し切らなければならないほど苦しいが、それにより目的に達するのが好きなのだと。

また、誰も助けてくれない場所にいつも自分をおくということもいいという。山登りは自己責任で、一度登れば自分の足で降りるしかない。自分が苦しいからと他人に荷物を預ければ、その人まで苦しくなる。その中で、自分の責任で自分のことを全部始末するということを学ぶ。

山登りだけでなく、旅だけでなく、70代の著者の文章全てに、生きることの美学のようなものを感じた。旬の食材を味わい、庭に移した植物が花をつけるのを楽しみにする。そういう著者の美学が、「よい旅 よい味 よい人生」というタイトルにぎゅっと凝縮されている。