コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

ゲーテ《ファウスト 第1部》

「時よ止まれ。お前は美しい」

ファウストは読んだことがなかったけれど、作中の有名な言葉は知っていた。まさか、この言葉を口にした瞬間、契約によりファウストの魂が悪魔メフィストのものになることになっているとは思わなかったが。

 

冒頭「天空のプロローグ」で主と悪魔はある賭けをする。ファウスト博士を悪魔の誘惑で堕落させることができるかという賭けだ。主は、善き者はたとえ昏い衝動に駆られても正しい道を忘れないと話し、悪魔に自由にふるまうことを許した。

この辺、キリスト教のみならず宗教はすべからく「現世での苦しみは神が人間をお試しになっているのだ、試練を乗り越えることによって神の御前に近づける」と解釈するが、宗教心が薄い日本人的には「なんだかなー」である。そう解釈(というか自己暗示)することで苦境を乗り越える力としたのだろう。

さて図らずも賭けの対象となったファウスト博士はといえば、冒頭からいきなり絶望している。この世の学問を極めるほどに「無知の知」、自分はなにも知らないということを思い知らされ、さらに世界の真理を知る霊的なものに自分は決して近づけないと思い知ったためだ。一時は服毒自殺まで考えるもどうにか立ち直ったファウストに、悪魔メフィストが近づく。この世のあらゆる悦楽や悲哀と引き換えに、死後自分に従えという契約を携えて。

ファウストはそれを承諾する。「時よ止まれ、お前は美しい」と口にした時点で契約終了との約束とともに。

ここまで読んで、ファウストは深く思索しすぎて自分から袋小路に迷いこむタイプらしい、と思ったのもつかのま。

魔女の霊薬で若返ったファウストはあっさりグレートヒェンという少女に一目惚れし、彼女を手に入れるよう画策しろとメフィストに持ちかける。贈物、偶然を装った再会、ついには少女を使って同居の母親に眠り薬を盛らせ、彼女の部屋で交わる。男性の欲望むき出しの存在にファウストはいきなり豹変する。

呆れた変わり身だ。ユゴー作「ノートルダムの鐘」もそうだったが、神職者や博士といった世間一般的にはストイックな人々ほど、一度性の欲望に取りつかれたらとことん暴走するらしい。

現代であればそれでもよくある話だったろうが、時代は19世紀。婚前交渉をする女性は売春婦と同等とみなされた時代だ。避妊技術も発達していない。

案の定グレートヒェンは妊娠する。グレートヒェンの兄は妹の名誉が汚されたことに激怒し、ファウストはその兄を殺す。ファウストが殺人を犯した街から逃げ出し、魔女達の宴会に参加している間に、グレートヒェンは赤子を出産し、思い余って沼に沈めて殺してしまう。婚前交渉と赤子殺しの罪で投獄されたグレートヒェンをファウストは救い出そうとするが、グレートヒェンはファウストの背後に悪魔の影を見いだし、脱獄を拒み、ファウストメフィストに引っ張られてその場を去った。

ものの見事に愛する少女を不幸にしたファウストだが、第1部はここまで。彼のこれからは第2部を読まなければわからない。