コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

「ニッポンの貧困 必要なのは「慈善」より「投資」」(中川雅之著)を読んだ

この本は日経BP社から出ていることに大きな意味がある。貧困対策を進めるべき理由を、倫理や善意ではなく、できる限り経済合理性に求めようという試みがある。

例えばこんなケースを考えよう。ある人が20歳から65歳まで生活保護を受給した場合、政府が負担すべきコストは5000~6000万円程度になる。一方、もしこの人に職業訓練などの支援プログラムを2年間受けさせ、その後非正規であっても65歳まで働き続けることができれば、最初の職業訓練に460万円、その後は収入から税金や社会保険料を納められるようになるので、合計で2400万円~2700万円が政府に入る。政府は生活保護のコストを抑えられ、さらに税収や社会保険料を得られるという計算になり、トータルで7000万円くらいのメリットになる。

貧困層にいる若者の全員がこの試算通り行くわけではもちろんない。鈴木大介氏が著書『最貧困女子』で指摘しているように、困窮している女性 (そしてもちろん男性もだろう) 先天的あるいは後天的ななんらかの精神障害を抱えていることが多く、細かい文字の読み書きが難しいゆえ行政書類への記入ができなかったり、虐待家庭に育ち本人も暴力的な傾向があったり、安定した人間関係を結ぶことができずに働いてもすぐにやめてしまったりする。このような人々に「投資」すべきかと言われると、残念ながら投資でいう「与信判断」が必要になる場合もあるだろう。