コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

孔子「論語 第1篇 学而」を読んだ

孔子の「論語」を読んでいく。

全20篇。それぞれは短いが内容が深奥だ。気が向いたときに1篇ずつ、好きな順番で読んでいこうと思う。

 

01-01

【白文】子曰。学而時習之。不亦説乎。有朋自遠方來。不亦楽乎。人不知而不慍。不亦君子乎。
【書き下し】子曰く、学びて時に之を習う。亦説ばしからずや。朋有り、遠方より来たる。亦楽しからずや。人知らずして慍らず、亦君子ならずや。


論語第一篇冒頭のとても有名な句。

01-02

【白文】有子曰。其為人也孝弟。而好犯上者。鮮矣。不好犯上。而好作乱者。未之有也。君子務本。本立而道生。孝弟也者。其為仁之本興。
【書き下し】有子曰く、其の人と為りや孝弟にして、上を犯すを好む者は鮮し。上を犯すことを好まずして、乱を作すを好む者は未だこれ有らざるなり。君子は本を務む。本立ちて道生ず。孝弟なる者は、其れ仁の本たるか

「孝」(子が親につかえること)、「弟」(年少者が年長者につかえること)、転じてこれを君臣関係にも応用し、臣下が君主に忠義をつくすことを説いた句。
ここから論語の成り立ちが読み取れるという解釈がある。
そもそも論語とは、孔子が各国の政治家に、国のあるべき姿はなにか、国を治めるためにはどうすればよいか、根底にあるべき道徳論理はなにかを説き、それらの言葉を弟子達が記録したものだ。
これはつまり、論語にあるのは「支配階級が被支配階級をうまくコントロールするための方法」と見ることもできる。論語が「孝行」と「忠義」を強調するのもこう考えれば納得できる。孔子が生きた春秋時代は戦国時代で社会が乱れ、子による親殺し、臣下による君主殺しすら起こっていた。そういうことを防ぐために、一般道徳としての「孝行」「忠義」以上に、「子は親に従うもの」「臣下は君主に従うもの」と強調するのはとても有効だったのである。さらに深読みすれば、下々の者が支配階級に反乱を起こす可能性をなるべく抑えようとする考えともいえる。
孔子の本意がここになかったにせよ、このように利用出来る考え方であったこともまた確かだ。優れた思想が、実際の社会でその本意通りの効果を発揮できることは、残念ながらとても少ない。

01-03

【白文】子曰。巧言令色。鮮矣仁。
【書き下し】子曰く、巧言令色、鮮いかな仁。

口先だけで他人の顔色をうかがうことを批判し、言行一致を説いた、短いけれど奥深い句。

01-04

【白文】曾子曰。吾日三省吾身。為人謀而不忠乎。興朋友交而不信乎。伝不習乎。
【書き下し】曾子曰いわく、吾日に三たび吾が身を省みる。人の為に謀て忠ならざるか。朋友と交わりて信ならざるか。習わざるを伝うるか。

自省の必要性を説いた有名な句。自発的に自分の言動を反省し、日々言動をよりよくすることこそが大切だと説く。主には忠義を尽くし、友とは信頼関係を結び、日々優れた書物を読みかえすことが大切だとする。

01-05

【白文】子曰。道千乘之国。敬事而信。節用而愛人。使民以時。
【書き下し】子曰く、千乗の国を道るには、事を敬しみて信あり、用を節して人を愛し、民を使うに時を以てす。

論語』には一般的道徳規範を説いた句と、支配層のための政治舵取り法を説いた句とがあるが、この句は政治色が強くなる。
中国の思想家で、一時日本に亡命していた康有為は、孔子は『すべての人を愛せよ』とも説いているが、この句の『人』が『民』と区別されていることに注目すべきで、『人』とは為政者、『民』とは一般庶民と解釈すべきだという。作家魯迅はもっと直接的に「為政者のための方法であって民のためではない」と言ったそうだ。二人とも時の政権に対し批判的な立場にあったこと、その二人が論語についてさまざまな読み方をしていることが面白い。

01-08

【白文】子曰。君子不重則不威。学則不固。主忠信。無友不如己者。過則勿憚改。
【書き下し】子曰く、君子重からざれば則ち威あらず。学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ。過ちては則ち改むるに憚かること勿かれ。

一般道徳を説いた句。孔子が理想とする君子とは、威厳があり、学ぶことをおこたらず、良い友人をもち、間違いがあればすぐなおすような人間のことである。とくに最後の一文が重要で、間違いについて延々言いわけするのではなく、すぐさま認め正すことができる人こそ、君子というにふさわしい。