コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

「天空の蜂」(東野圭吾著)を読んだ

500ページ越えの大作にもかかわらず、息つくひまもなく一気に読ませる小説。すでに映画化されているが、最初と中盤と終盤にそれぞれ大きな見所があり、映画向けの構成だ。

 

読み終わった私が思い出したのは、東日本大震災が起きたしばらく後に母親と交わした会話だ。

福島第一原子力発電所の事故報道が乱れ飛ぶ中、原子炉冷却作業が始まったと報道された日のこと。母親は同僚に「良かったわね、これで放射能も出なくなるんでしょう?」と言われたという。だけどそれは間違いだ。放射能放射線の違いはさておき、冷却作業は核分裂連鎖反応を止めるためのもので、核分裂そのものが止まることはない。

私は母親にそう言い、母親はそれを同僚にそのまま言ったそうだ。返ってきた反応は「あなたの子供は原子力発電の専門家なの? 違うでしょう?」というものだった。核分裂の基礎知識は私には常識だったのに、これほど知られていないのか、しかもたとえ聞いたとしても理解を拒まれるのかと驚いたことをよく覚えている。

原子力発電の知識普及は、この小説のテーマの一つでもある。東野圭吾原子力発電についての技術知識を丁寧に書きこんでいる。さすが工学部出身だ。原子力発電を正しく恐れよ、という意図がこめられているのだと思う。

小説最後に「沈黙する群衆に、原子炉のことを忘れさせてはならない」とある。この目的は2011年3月11日に達成された。福島第一原子力発電所で、チェルノブイリと同じレベルの事故が起こるという最悪の形で。

 

物語は錦重工業小牧工場試験飛行場から始まる。その日の朝、錦重工業航空機事業本部勤務で、防衛庁注文の巨大ヘリコプターCH-5XJ、通称「ビッグB」の開発責任者である湯原と山下は家族連れで試験飛行場に出勤した。「ビッグB」の飛行を見学させるためだ。だが、子供たちは飛行開始を待ちきれず、たまたま開いていた窓から第三格納場に忍びこみ、ヘリに乗りこんでしまう。
その時第三格納場の扉が開けられた。山下の息子・9歳の恵太を乗せたままヘリは遠隔操縦で離陸し、福井県敦賀半島北端にある高速増殖原型炉「新陽」上空まで飛ぶと、そこでホバリングした。「天空の蜂」を名乗る者から関係者各方面へ届いた脅迫状は、現在稼動中・点検中の原子力発電所を全て使用不能にせよ、さもなくばヘリを「新陽」に墜落させるというものだった。
事態は錦重工業、「新陽」発電所、警察、防衛庁航空自衛隊、日本政府を巻きこんで大きく動く。日本政府は「ヘリが落ちても原発は安全だ」と繰り返す。だがそもそも原発上空は飛行禁止空域に指定されており、ヘリの墜落など想定していない。原発が本当に耐えられるのか確かではない。

錦重工業と警察はそれぞれの立場から犯人探しに躍起になる一方、意外なことに犯人が条件付きで恵太救出活動を認めたため、ホバリングしているヘリから恵太を助け出す方法はないか知恵を絞る。空中アクロバットにも近しい無謀な救出計画が必要になるのは明らかだった。

刑事達が足で稼いだ情報から、犯人像が絞りこまれていく。専門知識に精通し、特殊仕様である「ビッグB」の制御システム設計情報及び飛行スケジュール情報を入手でき、原発反対の立場にある人物。やがて一人の男が捜査線上に浮かび上がる。元防衛庁幹部候補生だ。

この辺りの東野圭吾の構成力は素晴らしいと思う。あえて日本政府や防衛庁側の内部事情について触れず、関係者の行動や記者会見などの公式発表だけで彼らの意図を推測させる手法は見事の一言だ。湯原の同僚三島が指摘するまで、湯原と山上は日本政府が下したある非情な決断のカラクリに気づかなかった。捜査線上に元防衛庁幹部候補生が浮かんだあとの防衛庁の迅速な動きから、警察官の室伏と水沼は彼らが犯人にある程度目星をつけていたのではないかと勘ぐった。読者と登場人物が同じレベルの知識しか与えられていなかったからこそ、彼らが抱いた日本政府と防衛庁のやり方への怒り、失望、理解といった複雑な感情は、そのまま私にも感じ取られ、深く残った。