コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

「悪人(上)」(吉田修一著)を読んだ

吉田修一の小説の中で『怒り』と並ぶ代表作品とされる『悪人』だが、上巻を読んだだけではタイトルから想像するほど不穏ではない。物語は淡々とした筆致で、必要以上に感傷的になることなく、あたかもありふれたことを書いているかのように進む。

冒頭のプロローグで、2002年1月6日、福岡と佐賀の県境・三瀬峠での殺人事件容疑者として、長崎市在住の土木作業員・清水祐一が逮捕されたと明らかになる。

プロローグの後、物語は2001年12月9日、日曜日に戻り、清水祐一逮捕までの約1ヶ月の間になにがあったのかを語り始める。

博多で働く保険外交員の石橋佳乃が、寒さが厳しい12月9日の夜、女友達との食事のあと、つきあっている大学生の増尾圭吾に会いに行くと言って別れた。翌日の12月10日、彼女は三瀬峠で絞殺体となって発見された。一方、増尾は数日前から連絡が取れなくなっていた。

佳乃は女友達には見栄をはって増尾に会いに行くと言っていたが、本当に会いに行ったのはつれない増尾ではなく、出会い系サイトで連絡をとった清水祐一だった。だがあの夜、本当に偶然にも、増尾は佳乃と祐一の待ち合わせ場所に居合わせた。

佳乃を殺したのは誰か。なぜ殺したのか。物語はしだいにあの夜の真相に近づいていく。

 

『さよなら渓谷』『怒り』では夏の昼間の場面が多いため、うだるような暑さと刺さるような日差しのイメージが強い。『パレード』がマンションの一室を舞台にすることが多いため、蛍光灯に照らされたどこか無機質な一室のイメージが強い。どちらも良くも悪くも明るく照らされたもとで物語が進み、その中で登場人物が抱える闇がくっきり浮かび上がる。

これに対して『悪人』は夜の場面が多いように感じる。街灯に浮かんでは沈む夜の街、闇の中から樹木がふれあう音が聞こえる峠。それが作品全体に仄暗い陰を落としている。