コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

『病いと癒しの人間史ーペストからエボラウイルスまで』(岡田晴恵著)を読んだ

『銃・病原菌・鉄』では旧大陸から新大陸に持ちこまれた病原菌が新大陸の先住民を文字通り壊滅状態に追いこんだことが書かれているが、この本では旧大陸で人びとが病原菌へのある程度の耐性を獲得するまでに起こったことを主につづったエッセイがまとめられている。

著者は出張や乗り継ぎなどでヨーロッパの都市を訪れながら、写真を交えてそこでの歴史を紹介する。パリのノートルダムのそばには、ヨーロッパ最古の近代病院とされるパリ市立病院がある。ベルギーの観光都ブリュージュには、修道院であり、ヨーロッパで最も古い医療機関の一つである聖ヨハネ施療院がある。モーツァルトシューベルトといった天才達は感染症により世を去り、彼らの墓地を著者は訪れている。ベネチアの美しいレデントーレ教会は、ペストの終焉を願って建築された。決して病原菌の恐ろしさばかりを語ることなく、その中で生きようとした人びとへの尊敬をこめた丁寧な文章で、ヨーロッパの街並み、天才達の逸話が記される。

病原菌といえば、14世紀にヨーロッパ人口の三分の一の生命を奪ったペスト、1918年に推定4000万ー8000万人を死に至らしめたスペインインフルエンザなどがよく知られている。『銃・病原菌・鉄』の著者に言わせれば「家畜から伝染し、農耕文化によって生まれた人口密集地帯で急速に拡大していった」病原菌だ。かつて患者たちが押し寄せたであろう修道院や病院を、現代を生きる著者が見つめる静謐なまなざしは、医療従事者としての原点を見つめるかのようだ。

 

公衆衛生や病原菌、ウイルスの仕組みを解明するために生涯をささげた人びとの努力には頭が下がる。これらの人びとの努力によって、現在は子どものころに三種混合ワクチンを接種できるし、大人になってから抗体有無を検査して再検査できる。女性であれば風疹抗体検査と再接種をすすめてくれる。ワクチンは決して安くはないが、お金で生命を致命的疾患から守れると考えれば安いものだ。私は以前抗体検査をする機会があったが、年齢とともに抗体が弱くなる傾向があるから、再接種も考えた方がいいとアドバイスをもらった。この本にもあるが、少なくとも胎児先天異常を引き起こしかねない風疹接種は済ませておこうと思う。

 

この本はエッセイや雑誌寄稿を一冊にまとめているため、一つの文章は読みやすい長さだ。著者はヨーロッパの街並みに残る公衆衛生上の記念物や、感染病と向き合った文芸作品を紹介している。ちょっとした旅行記や歴史読み物としても楽しめる一冊だ。