コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

『毒 青酸カリからギンナンまで』(船山信次著)を読んだ

薬毒同源。毒は薬ともなり、薬は過ぎれば毒になる。

このテーマを考える時に思い出すエピソードがある。かつて大学時代に私は「夜回り先生水谷修氏の講演会を聞く機会があった。その中で水谷氏は「アイ」という少女の話をしてくれた。夜の世界に堕ち、薬剤耐性エイズにかかり、痛みのあまり病床でころがりまわっていた10代の少女だ。彼女の痛みを少しでも和らげるためにモルヒネが使われた。モルヒネは麻薬にも分類されるほど強い化学物質で、アイの場合、モルヒネ注射の時間間隔が厳しく決められていた。一定時間が経つ前に次のモルヒネ注射をすると「100%即死します。殺人になってしまいます」と水谷氏は言っていた。だが麻酔作用はその前に切れてしまう。次にモルヒネ注射ができるまでの間、アイは地獄の痛みにむしばまれるしかなかった……。

このエピソードでは、モルヒネはアイにとって痛みを緩和する薬ともなり、彼女の命を奪う毒ともなる。医師は薬となる量を見極め、ぎりぎりの綱渡りをしていた。

 

この本ではさまざまな毒を紹介しながら、毒と薬との間には本質的な違いがないことを述べている。

少量であれば毒は薬となり、多量であれば薬でも毒になる。そもそも毒も薬もただの自然由来の(あるいは人工合成された)化合物であり、問題は常にそれを使う人間側にある、だから毒というのはとても人間臭いと著者はいう。ちなみに「毒」という漢字は、女性が大きな簪をつけてひざまずいているさまを表すという。

歴史のひとこまを飾る毒は数多ある。クレオパトラの毒蛇による自殺はあまりにも有名だ。

この本では、歴史の皮肉としかいえないことが紹介されている。ドイツ出身のフリッツ・ハーバーは空気中の窒素分子からアンモニアを生成するハーバー・ボッシュ法を開発した。これにより化学肥料生産が可能になった。数十億人もの人間を養うほどの食糧生産は、化学肥料がなければ不可能であっただろう。一方彼は愛国心から第一次世界大戦中に毒ガス開発に携わるも、ドイツの敗戦を防ぐことはできず、第二次世界大戦中には、ドイツ系ユダヤ人であった彼自身が迫害の対象となり、不遇の晩年を過ごした。その第二次世界大戦中にナチスドイツが毒ガスを使用していわゆる「ユダヤ人絶滅計画」を推し進めたのは今日知られているとおり。ハーバーの人生は毒に翻弄されたといえる。