コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

栄光なき天才たち アベベ・ビギラ 円谷幸吉(森田信吾)

 

 

たまには漫画を。

アベベ・ビギラ。1960年ローマオリンピックエチオピアのマラソン代表選手として、無名選手でありながら金メダルを獲得して一躍母国の英雄となり、続く1964年東京オリンピックでも二連覇。しかし、故障により1968年メキシコオリンピックを途中棄権し、その後交通事故で下半身不随となり、1973年脳溢血にて死去。彼はマラソン中も苦しい顔をすることがなく、彫りの深い顔立ちに思索するような表情があいまって、哲学者のようにすら見えたという。

彼は祖国での栄光をなめつくしたことから、「栄光なき」というこの漫画のタイトルの対象ではないと思う。「栄光なき」の言葉の対象はおそらく円谷幸吉か。

1960年ローマオリンピック陸上競技での入賞0に終わった日本は、地元開催の1964年東京オリンピックでどうしても陸上競技でメダルをとる必要があった。そこへ頭角をあらわしたのが円谷だった。彼は右足が外に反っているというフォーム上の欠陥を抱えながらも、忍耐と努力でそれを克服し、東京オリンピックラソン項目出場を決め、アベベには及ばないながらも銅メダルを取った。

しかし、彼の葛藤はそれからだった。翌1968年メキシコオリンピックの出場を期待された円谷だったが、すでに彼の身体は無理なフォームと腰痛で限界まで来ていた。思い悩んだ彼はアベベを訪れる。

「あなたはなんのために走っているのですか?国家のため?」

「これが私の家族だ。妻と…子供が二人いる。我々競技者はすべて負ける運命を背負わされている。年齢がそれだ! だが、たとえその時が来たとしても、家族さえいれば私は生きる目的を失うことはない。家族は…家庭はいいものだ」

アベベとの対話のあと、円谷はかねてよりつきあっていた女性との結婚を急いだが、当時所属していた自衛隊体育学校の校長に阻止されてしまった。校長の言い分は、円谷はオリンピックを控えた大切な時期であり、結婚などすれば実績を残せなくなるかもしれないこと。またたとえ実績を残せたとしても今以上の栄光に包まれるため、家族とすごす時間をとれなくなることだった。結局破談になり、円谷は支えを失った。メキシコオリンピックを迎える前に、円谷は自ら頸動脈を切り、生命を絶った。

彼ら二人の生きざまをあれこれいうのは簡単だけど、何もいってはいけない、ただ彼らの生きざまから感じるものを受け止めなければならない気がする。読み終わったあと、そんな感想を抱いた。