コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

周梅森《我主沉浮》(テレビドラマ原作小説)

同じ作者の小説をもう一冊。こちらも原作は人気政治小説で、全35話でテレビドラマ化されている。

このドラマは2005年6月放映開始とやや古い。

ドラマ企画前の2004年4月、中国国家広播電影電視総局(中国大陸でのすべてのメディア放送内容を審査し、不適切な内容だと認められれば、放送停止を命じる権限をもつ)が、汚職をテーマとするテレビドラマ枠を従来の60%まで減らすこと、ゴールデンアワーでの放送を認めないことをテレビ局に通達した。

このドラマは汚職をメインテーマに、経済政策実施時のさまざまな官民闘争をサブテーマにしていた上、フィクションだけではなく実際に起きた事件を思わせる内容も含まれていたため、脚本・撮影・許認可にはかなり苦労したそうだ。この辺は業界裏話である。

 

物語は漢江省省長趙安邦(チョウ・アンバン)と漢江省省委書記裴一弘(ペ・イーホン)、副書記于華北(イー・ホアベイ) の政治闘争を縦軸、漢江省の三つの都市の経済発展を横軸としている。

  1. 寧川市。漢江省南部に位置する。近年の経済発展がめざましく、政府も力を入れている。趙安邦はここの市長出身であり、未だ深くつながっている。
  2. 平州市。環境整備が素晴らしく、観光地として売り出せるが、経済発展では寧川市に遅れをとっている。裴一弘はここの市委員会出身でパイプが太い。
  3. 文山市。漢江省北部に位置する。経済発展から取り残され、失業率は高止まり。ここを足がかりに北部の経済発展を後押しする構想がある。于華北はこの都市からキャリアをスタートさせており、思い入れがある。

なお地名はすべて架空のものである。また、省委書記は省の共産党組織のまとめ役で、役職としては省長より高い。

 

物語開幕ですでに寧川市と平州市の間では火花どころか火炎放射が起きつつあった。

平州市は物流拠点としての地位を確立すべく、念願の平州港拡大プロジェクトをすすめていた。ところが、プロジェクトに28億元(約320億円)の投資を約束していた偉業国際投資集団の資金が、寧川市派閥のボスである趙安邦の認可のもと凍結されたのである。

抗議にいった平州市長に趙安邦は明かした。資本金320億元の偉業国際投資集団は、創業時に国家資金の注入を受けているため国有企業とされていた。だが偉業集団のトップである白原崴(バイ・エンウェイ)が「偉業集団は国有企業ではない。資本注入は受けたがとっくのむかしに返済した。民間企業だ」と強硬に主張しはじめた。このため、漢江省政府と白原崴の間で熾烈な資産権争奪戦が始まっており、この件が決着するまではすべての資金を凍結せざるを得ないと。

まるで険悪な状況を反映するかのように、偉業集団傘下企業の社長がパリで不審死を遂げる。彼は死の直前、偉業集団の持ち株をすべて売却していた。

 

(ここまで読んで目が点になった。企業が国有企業かそうでないか、すなわち企業利益が国家のものか投資家達のものかーーこの点をめぐって政府機関と企業トップが対立する、という発想はなかなか出てこない)

 

政治闘争もさることながら、経済小説としてのこの小説の主人公は、白原崴ともう一人、趙安邦の古くからの腹心部下である寧川市長銭恵人(チェン・ホイレン)だ。

白原崴は恐ろしいまでのやり手で、情勢不利と見るや傘下のファンドに命じて偉業集団の持ち株を売却させ、市場に資産権争奪戦の情報を流し、偉業集団の株価を底値までたたき落とした。国有企業にするならば企業価値をとことん落としてやるという意思表示である。彼の口からは辛辣な言葉が飛び出る。政府が企業を経営することはゲームのルール策定者が同時にプレイヤーになるということだと。

一方銭恵人は善なるか悪なるか曖昧のままで物語が進む。寧川市の経済発展を不動のものとすべく、無理に空港建設計画をすすめて趙安邦にこっぴどく叱られたかと思えば、過去、キャリアを危機にさらし、すでに妊娠していた婚約者と別れさせられてまで、大胆な政策を行って経済発展の基礎を築いたことが描かれる。だが物語後半、ある刑事事件(それも性犯罪!)を内部処理したことが明らかになり、再び疑問符がつく。

銭恵人は果たして信用出来る人間なのか?  趙安邦はなんども自問し、これほど長いつきあいにもかかわらず、部下を完全には理解していないと独白する。物語最後にはすべてが明らかになるが、後味は決してよくない。

 

作者の周梅森は作家だけでは満足に収入を得られず、株式投資などに手を出した経験がある。株式投資の複雑さ、中国株式市場の特殊性などを実感しており、小説の中でも株価変動の仕組みにかなり踏みこんでいる。おかげでドラマに出演した俳優たちも株式市場について相当勉強させられたらしい。

一方でこの小説は、政策策定と経済が互いにどのように影響しあっているか、政策実施がどんな困難を伴ったかについてもかなり踏みこんでいる。

例えば銭恵人がキャリアの危機にさらされた一件は、もともと銭恵人が1980年代に「土地は国有地のまま、五年間の期間限定で農民に耕させているのが現在の政策だ。だが期限が近づくにつれて明らかに農民のやる気が下がり、生産量が落ちている。いっそのこと土地自体を農民に所有させれば、農民はモチベーションが上がり、もっと力を入れるのではないか」と言い出したばかりでなく、実施までこぎつけようとしたのがきっかけだった。

中華人民共和国憲法に「土地はすべて国家が所有する」と書いてあるのに、たかが一県知事(なお中国の行政単位では県は市よりも小さいため、県知事は日本でいうところの区長か町長にあたる)がこんなことをすればどうなるかは火を見るよりも明らかだった。共産党から除名処分が下りかねない事態となり、婿候補は前途なしと見限った婚約者の父親の猛反対により、婚約者とも別れさせられた。

物語は登場人物の記憶として過去と現在を行き来して、かつての政策と実態のぶつかりあい、現在の政策と経済の相互関係を描こうとしている。経済的内容がかなり難しいためやはり視聴者を選ぶが、奥の深い小説だ。