コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

ザ・クオンツ 世界経済を破壊した天才たち (スコット・パタースン著)

インフルエンザによる高熱で、3日以内に一冊読めなかった。反省。

 

クオンツとは投資家の一種で、多くは物理学や数学の分野で天才的頭脳をもつ。彼らは複雑なモデルを駆使して市場の動きについて予測可能なパターンを算出し、それに乗じて投資することで、何千億ドルものヘッジファンドで莫大な利益をあげる頭脳集団だ。日本で良く知られているクオンツといえば藤沢数希氏だと思うが、彼も理論物理学コンピュータサイエンスで博士号をもつ。

クオンツ投資のミソは「市場の動きを予測できる数理モデルを開発すること」だ。それさえ作れば、コンピュータに入力して取引開始できる。クオンツは彼らが追い求めているものを「The Truth (ザ・トゥルース)」と呼ぶ。それは市場がどのような動きをするのかという謎への答えだ。これを解明できれば負け知らずの投資をすることができ、巨万の報酬(数十億ドルレベル)を得ることができる。

彼らの数理モデルは美しく、実用的で、ヘッジファンドに莫大な富をもたらした。だが同時に、2007年8月の金融市場危機からの一連の激震を招く原因ともなったと筆者は主張する。なぜか?  答えはーークオンツ数理モデルは理性的投資家のふるまいをきちんと予測できたが、狂気やパニックにとりつかれた投資家たちがもたらす市場の乱高下には対応できなかった。

この本は緻密な数理モデルに踏みこむことなく、何人かのクオンツと彼らが立ち上げた伝説級のヘッジファンドについて物語風に話し、複雑な金融市場でなにが起こっていたのか、分かりやすく述べようと試みている。

 

カギとなるのは「証券化」だった。

住宅ローンやクレジットローンなどあらゆるローンがいったんまとめられ、ごちゃまぜにされたあと、一見信頼度が高いものと低いものに切り分けられ(だが正味のデフォルトリスクに大きな違いはなかったらしい)、債務担保証券(CDO) というものに包装されなおして売りに出された。ローンが順調に返されている限り、証券購入者は利益を得ることができる。銀行はローンを証券という形で数多の投資家に売り払うことでリスクを分散させ、リスクをバランスシートから切り離すことができる。

なんだかどこかで聞いたような話だが、銀行や証券会社に限らず、あらゆる会社はリスク、含み損、といったものをなるべく報告書に載せないためにあらゆる手を使う。そんなことをすればカネを出している投資家や株主に厳しく追求されるからだ。

いずれにせよ、こうして現在では悪名高くなったサブプライムローンが何十億ドル分もCDOに混ぜこまれた。CDOがよく売れていたために、証券化できるローンを増やすべく、銀行が気前よくローンを増やすという本末転倒にも思える事態まであったらしい。

2007年8月、市場はクオンツたちの数理モデルにあわない動きをし始めた。あっという間に損失が積み上がり、クオンツたちは自分たちの数理モデルを見直さなければならなくなった。それは数十年も前にすでに警告されていた事態だったーー市場は予測を超えた乱高下をすることがあり、それは数理モデルの予測範囲外である。それが現実になった。

 

こうした本を読むと、投資について慎重にならざるを得なくなる。未来予測型の金融商品に投資するのはカジノで賭けるようなものだ。上がり続けるだけの金融市場はありえないと歴史が何度も見せつけている。世界最高峰の頭脳をもつ人々でさえ、悲惨な大負けを喫することがある金融市場で、なぜ、自分のファンドだけはずっと運用益を出せると信じられる?  リーマンショック級の変動はめったに起こらないって? クオンツたちの数理モデルによれば、リーマンブラザーズを破産せしめた市場変動が起こること自体ありえなかった。

失っても生活に支障が出ないレベルの資産で、金融市場を楽しむのはいいかもしれない。けれど、それ以上のリスクをとることで大金を得る人々のことは、感嘆こそすれ、参加しようとは思えない。そんなことを考えさせられる本だ。