コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

黄金の烏 (阿部智里著)

この小説で一番印象に残った言葉は、なぜか、「うまいもの、どうもありがとう」だ。

 

本作は八咫烏シリーズの三作目。舞台は人ではなく八咫烏が支配する世界。金烏(きんう)と冠する族長宗家が君臨し、東西南北の有力貴族の四家がそれぞれの領地を治める。

一作目『烏に単は似合わない』は、次代族長たる若宮のお嫁候補たる姫君たちの物語。二作目は若宮の付き人・雪哉の物語。三作目は、雪哉の故郷、北家が治める垂氷郷を襲った異変から物語が始まる。

危険極まりない薬が出回っていることを知り、その行方を追って垂氷郷に来た若宮と雪哉が、最北の集落で見たのは、文字通り喰らいつくされた村人達と、捕食者である大猿だった。平和そのものだった山内にこれほどの異変が生じたことはない。緊急事態の中、手がかりは集落で唯一生き残った少女・小梅。小梅は眠っていてなにも見ていないというが、雪哉は小梅を信用出来なかったーー。

 

三作目から、徐々に八咫烏世界の危うさが浮き彫りになる。

八咫烏が住まう山内は周囲を結界に囲まれた土地であり、その外に行けば戻れなくなると言われている。だが大猿は明らかに外の世界からやってきた。何故大猿は山内に来ることができたのか、どこから来たのか、それを若宮と雪哉が探っていくにつれて、八咫烏世界をかこう結界の異変がしだいに明らかになる。〈金烏〉である若宮の悲しい心のあり方も…。

 

作者は前作と前々作で、「悪気がない人」「忠誠を尽くす人」を皮肉をこめて描写していたが、今作は若宮の心を描いている。若宮は八咫烏の長たる〈金烏〉として理想的に思える心をもつ。だが一人の八咫烏(にんげん)としては? 作者は作品全体を通してこう問いかけているようだ。

もし私が答えるならば、私は「こうなるくらいなら選ばれた者にならなくてもいい」と答えるだろう。すぐれた才能と資質は時にそれをもつ人にそれ以外の選択肢を許さなくなる。かの天才モーツァルトが「音楽を書きまくった一生だった」と言われたように、ありあまる才能は逆に彼が音楽家以外になることを許さなかった。天才的資質と引きかえに人生を選べない一生と、平凡な資質ながら人生を選べる一生と。どちらが幸せだとあなたなら思うだろう?