コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

アジアの隼 (黒木亮著)

この小説は著者の第二作にして、実際のベトナム勤務経験をベースに「書かずにはいられなかった」経済発展が勢いづくアジアを活写した。

物書きは最初の数作が最も書きたいこと、最も勢いあるものであり、その後は書き慣れてきて表現が落ち着くとともに、最初の数作の内容を手を替え品を替え繰り返すか、新たに書きたいことを次々見つけるかに分かれていくと私は考えている。この小説には文筆業に慣れなくとも書かずにはいられなかった著者の勢いが息づいており、実体験からくる描写の細やかさもあって、読みごたえがある。

 

勢いは物語冒頭からはじける。1994年11月のある日曜日、主要登場人物のひとりが香港の砂浜で仲間に檄を飛ばす場面。

「お前ら、いい暮らしをしたくないのか ! ?でかい家に住んで、美味いもの食って、上等な酒を飲んで、いい女を抱きたくないのか ! ? ……俺たちの『アジアの夢』をそんな簡単にあきらめていいのかよ!」

1997年年始、香港。アジア市場の証券市場で、上昇気流に乗って舞いあがる隼のごとく、業績を上げて突き進んでいく香港の地場証券会社ペレグリン。その債券部長、若き野心家の声から物語は始まる。

 

イラン革命を契機に中断したプロジェクトを書ききった『バンダルの塔』と同じく、この小説もまた、歴史的出来事をからめた経済小説だ。1997年という時期設定から、あるいはタイバーツ建契約が為替リスクのほとんどないものとして小説に登場してすぐに、この後起こることに思い当たる読者も少なくないだろう。アジア通貨危機

1997年7月、機関投資家のタイバーツ空売りによるバーツ暴落をきっかけに、アジア諸国で通貨下落が次々起こり、後にアジア通貨危機と呼ばれる金融危機が巻き起こる。一方でバブル崩壊後の不景気から立ち直れない日本では北海道拓殖銀行破綻、山一證券自主廃業などの大事件が続く。

だがもちろん1997年始時点で、小説の登場人物達はそんなことを知るよしもなく、ペレグリンは「アジアの隼」としてわが世の春を謳歌している。一方で欧米投資銀行もアジアに資金投入し、日本の長期債銀行もベトナムに事務所を開こうと躍起になる。

物語は長期債銀行の真理戸、ペレグリンの韓国系アメリカ人リー、ハノーバートラストのベトナム出身で後に日本国籍を取得したシンの3人を中心に展開される。アジア通貨危機パキスタン政変に巻き込まれながらも懸命にビジネスチャンスをつかもうとする彼らの奮闘が生々しく、小説を血の通ったものにしている。時々警句のようにビジネスの心得が挿しこまれるのも醍醐味の一つで、作者の深いビジネス経験が窺い知れて、面白い。

そうだった。彼は違うのだ。仕事に不平をたれたり、適当に手抜きをしても会社にさえ来ていれば給料がもらえると信じて疑わない日本の甘ったれた終身雇用のサラリーマンではないのだ。彼はなぜ会社が自分に給料を払ってくれるのかを常に意識している。そして自分の給料の妨げになるものに対しては全力で立ち向かってくる。それが欧米人なのだ。