コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

エリートキャリアウーマンの騙し合い《浮沈》(テレビドラマ原作小説)

久しぶりに中国語原文でビジネス小説を読んだ。これまで読んできた中では恋愛要素控えめでなかなか私好み。

 

物語は主人公喬莉(チョウ・リー)が朝に目覚めるところから始まる。

25歳の喬莉は大手外資系IT企業で受付嬢をしていたが、中国地区総裁が彼女のビジネスパーソンとしての素質に気づき、総裁付秘書に昇格させた。さらに、しばらく社内経験を積めば、花形である営業部門に配置換えするとの口約束も与えた。(ちゃんと人事部があっても、トップマネジメントの一存で人事配置を決められるのはいかにもそれらしい。)

その朝、喬莉は、自分を引き立ててくれた総裁が電撃辞職したニュースを見て愕然となった。中国では、総裁が辞めれば彼が取りたてた部下達も辞めるのがふつうだ。残ってもうまみのある仕事はもう期待できないためだ。だが喬莉は残った。せっかく手にした営業部門配属のチャンスをふいにしたくなかった。

喬莉が担当したのは、国営企業最大手の晶通電子。前総裁とともに前営業部門長が会社を去ったごたごたで、棚ぼた的に落ちてきた案件だった。晶通電子は社内システム大改造をひかえ、中国政府から7億人民元もの資本注入を受けることになっていた。たっぷりのボーナスが期待できるだけに、古株営業をはじめ、まわりは喬莉から晶通電子の案件を奪おうと狙っていた。だが、ほかの営業担当者から何度直訴されても、新しい営業部門長に就任した陸帆(ルー・ファン)は、喬莉を担当者から外すつもりはないようだった。

喬莉にはその魂胆が見てとれた。陸帆は自分自身の手でこのプロジェクトを動かしたいのだ。海千山千の猛者である古株営業よりも、新人営業の方が言うことを聞かせやすいし、成功すれば上司の指導がよかったとして陸帆の功績になり、失敗すれば新人の力量不足のせいにできる。もちろん喬莉は、むざむざと使い捨てにされるつもりはなかった。誰もが味方ではない環境下で、喬莉の奮闘が始まる。

彼女は晶通電子側の技術担当者と親しくなり、陸帆とともに晶通電子の経営陣に近づく。そこでしだいに複雑な内部事情が明らかになる。国営企業によくあるように、晶通電子もまた設備の老朽化、非効率、慢性的な赤字体質に悩まされており、大改造しなければもはや生き残れないのは明らかだった。一方で、ナンバーワンとナンバーツーの間で密かに主導権争いが起こっていた。やり手のナンバーツー有利にも思えるが、ナンバーワンである王貴林(ワン・グイリン)には底知れぬところがあった。

誰を味方に引き入れるべきか?  チェスゲームのごとく、先々まで読んだ受注争いが始まるーー。

 

人間関係が複雑で、権謀術数読みあい騙しあいがこれでもかというほど詰めこまれた小説。一方、それぞれの登場人物の腹の内や裏事情、さらには家庭事情や恋愛事情は、独白や地の文としてはっきり書かれており、どうしてこの人物が一見意味の通らない行動をしているかなどの謎解き要素はうすい。

主人公の喬莉は、25歳という若さにもかかわらず、ベテランもかくやの洞察力をもち、わずかな表情変化やちょっとした言葉遣いから真意をさぐり出し、奇策を打つことができる。そうかと思うと若い女性らしく父親との電話で怒りをぶちまけ、時にはおしゃれを楽しむ。キャラクターとしてはアンバランスに感じるが、ビジネス小説の目的は、主人公に模範的なふるまいをさせて「このように世渡りすべき」という教えを残すことであり、登場人物にリアリティをもたせることではないから、これで良いのかもしれない。

一方、男性陣は仕事面で有能きわまりないのはもちろん、意外と人間臭い一面がある。営業部門のサポート役である北京大学卒業の劉明達(リュウ・ミンダー)は、喬莉の気をひこうとあれこれ世話を焼きながら、自分にふさわしい女性かどうか見極めたいという傲慢さや、まだつきあってもいないのに彼氏気取りの言動で喬莉を苛立たせている。陸帆はバツイチで、ヒステリックな前妻は再婚したにもかかわらず陸帆のアパートメントに押しかけて大暴れするが、陸帆はどうしても彼女には強く出られない。

 

権謀術数渦巻く状況が好きならば面白く読める。ヒューマンドラマを期待すればがっかりする。そんな小説だ。好みは分かれるかもしれないが、私は権謀術数渦が好きだから気に入っている。