コーヒータイム

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熊とワルツを - リスクを愉しむプロジェクト管理(トム・デマルコ&ティモシー・リスター著)

 

熊とワルツを - リスクを愉しむプロジェクト管理

熊とワルツを - リスクを愉しむプロジェクト管理

 

タイトルだけではなんの本やらわからないが、副題でなんとかテーマがわかる本。でも内容は大真面目。

「熊とワルツを」という言葉は童謡からとられていて、凶暴な熊とワルツを踊るというのはとてつもなく危険だから、転じてリスクをとることを意味しているらしい。

 

本書はITプロジェクトにおけるリスク管理がテーマ。

ITといえばデスマーチに代表される無茶苦茶な仕事ぶり、短すぎる開発スケジュール、仕様を度々追加する顧客など、とにかく「やりにくい」ことで悪名高い。著者らはこういった炎上プロジェクト管理、リスク管理を専門とするコンサルティング会社の経験豊富な共同経営者である。

「マネジャーたちはプロだ。簡単なことばかりに目を向けて、ほんとうの危険を無視するはずがない」

この、一見部下を信頼しているように見える、経営者にありがちな考え方に、著者らはとてつもなく辛辣な返しをする。

結構なことだ。唯一の問題は、この考え方は、「企業文化」に組み込まれ、埋め込まれたあらゆる阻害要因を無視していることだ。阻害要因とは、やればできる思考、失望させたくないという感情、バラ色のシナリオが色あせることを許さない圧力、不確定性を口に出すことに対する恐怖、(実際にはとうに手に負えなくなっていても)事態を掌握しているように見せかける必要、政治的権力によって現実を打破したいという誘惑、あらゆる人間活動をむしばむ近視眼的思考などだ。

めちゃめちゃグサリとくる。

著者はこういった【人間臭い】要素を「企業文化」とまとめているけれども、わたしは、嫌なことを耳にしたくないのは人間の本能の一部だと思う。古代ギリシャの時代から、不吉な予言をする予言者は徹底的に嫌われ、有力者に罰せられないと保証してもらえなければ話せなかったのだから。

わたし自身、リスク管理の仕事に関わったことがある。その時嫌というほど思い知った。

  • 上層部は「起こるかもしれないし、起こらないかもしれないこと」には、たとえそれがどれほどプロジェクトに影響があっても、「起きていない段階から」お金と時間をかけることを本気で嫌がる。
  • 上層部は「解決策が思いつかないこと」(たとえば官庁申請がうまくいかずに予想以上に時間がかかるかもしれない)は、それを解決するためのお金と時間を確保することはせず、「そうはならないだろう」と、根拠のない楽観的思考に逃げる。

「マネジャーたちはプロだからバラ色のシナリオをうまく実現してくれるはず」と信じて、上層部や経営者が思考停止するのは、わたしから見ると、童話「裸の王様」と同じだ。【バカ者には見えない】服を着て歩いている王様や見物人たちは、「王様は裸だ」とうっかり口にすればバカ者扱いされるから、「なんて素晴らしい服なんだ」と、ありもしない服を褒めたたえることに全力を尽くす。同じく、「このプロジェクトの納期は現実的ではない」と発言すれば社長に睨まれるから、「きっとやりとげてみせます」と部下は心にもないことを繰り返す。

きっと、わたしだけでなく、こうしたことに心当たりがある方はそれなりにいるだろう。

 

この本で、著者らはこれらの悪しき習慣にメスを入れようと悪戦苦闘している。

著者らが言いたいことは二つ。

「信じる権利があることだけを信じるべき」

「締切日をふくめて、ものごとには不確定性があるのがあたり前」

この二つを頭の固い上層部に理解してもらうだけでもとてつもなく大変だ。

まず、信じる権利があることとは、客観的証拠があり、合理的であると考えられることだ。たとえばあるボロ船の船主が「これまでこの船はなんとか無事に港に着くことができたのだから、今度もなんとかなるだろう」と信じて、ボロ船を出港させて、結果、船か沈没したとする。この時、船主は責任を問われるべきだ。船主が「きっと船は無事航海を終えられるはず」と信じたのは、きちんと船の状態を調査したうえでの結論ではなく、ただ船主が根拠もなしにそう信じたがったためだからだ。この場合、船主には「船は無事航海を終えられる」と信じられる権利はない。

著者らはこのことを一言でまとめる。

信じる権利があるものだけを信じることを「リスク管理」という。

 

次に、ものごとには不確定性があるのがあたり前、という項目。

なぜか「すべてが奇跡的にこの上なくうまくいく」ことを前提にして締切日を設定されたことのある人は少なくないだろう。そうではないのだ。締切日は、不確実なさまざまな出来事で引き延ばされる。なにかを見落としていたかもしれないし、途中でビジネス環境が変わって製品の仕様を変えなければならなくなるかもしれない。これらはみな「リスク」と捉えるべきだ。

「リスク」とは、今はまだ表に出てきていないけれど、いったん出てきたらプロジェクトに大きな影響を与えることすべてである。表に出てくるまで、リスクは上層部の嫌う「起きるかもしれないし、起きないかもしれないこと」そのものである。

すべてのリスクには移行指標がある。これを監視するのがリスク管理の一部だ。たとえば「チームメンバーが会社を辞めて、プロジェクトが立ち行かなくなる」というリスクを考えよう(実際良くある)。5人辞められたらプロジェクトに大きな支障が出るならば、たとえば2人辞めたところで残りのメンバーを引きとめる手を打った方が良いかもしれない。逆に、どのようなリスクがあるかも、その移行指標がなにかも考えずに「まあなんとかなるだろう」と根拠なく構えているのは最悪だ。人手不足で大炎上するのがオチである。

 

これを【企業文化レベルで】実施するにはどうすればいいだろう。わたしは、ギリシャ叙事詩イーリアス』の一幕が参考になると思う。うろ覚えだがこういう話だ。

はるか昔、古代ギリシャ。スパルタ軍とトロイア軍は10年間にわたる戦争のさなかだった。

ある日、スパルタ軍内に疫病がはびこった。当時、疫病は太陽神アポロンが怒りのために下す神罰だと思われていた。なぜアポロンは怒っているのか、総大将アガメムノーンが予言者に助言を求めた。予言者は「私は答えを知っていますが、さる尊きお方の怒りを買うやもしれません。身の安全を保証されなければ話せません」と言い、スパルタ軍No.2のアキレウスの保護を取りつけた。

「アガメムノーン殿が、太陽神アポロンの神官の愛娘をさらって我がものとしたのみならず、貢物を携え、娘を返してほしいと哀願した神官を手酷く追い返したため、アポロンの怒りを買ったのです」

予言者の回答にアガメムノーンは激怒した。しかし、スパルタ軍の疫病を止めるのが先だという部下の言葉を聞き入れて、予言者の提案通りに娘を父親の元に帰した。代わりにアキレウスがアガメムノーンの八つ当たりで罰せられ、腹を立てたアキレウスは戦場放棄してテントにこもってしまった。最終的にはアキレウスが損をしてしまったが、スパルタ軍内の疫病はこれて収束した。

  • リスクを唱える者に味方する有力者がいる(アキレウスは予言者を守ると約束した)
  • 誰も反論できないような形でリスクが表現される(疫病は太陽神アポロン神罰だと全員が信じていた。物語ではすでに疫病が起こった後だったが、起こる前であれば完璧なリスク管理となっていただろう)
  • 多少対価を払ってもそのリスクを軽減したほうが得だと皆がきちんと判断できる(アガメムノーンは娘を返し、またこの一件で勇将アキレウスとの仲が悪化した)

この辺りのふるまいができる企業であれば、リスク管理はうまく働くと思う。

 

ところで、わたしはこの読書感想を通勤電車の中で書いているが、隣のサラリーマンが、社内限定文書とおぼしき業務マニュアルを、わたしに丸見えの角度で広げて勉強している。業務マニュアルを紙で配布し、できるだけすぐに身につけるようにと命令したであろうこの会社は、サラリーマンが通勤電車の中で勉強することで、内部情報漏洩リスクがあることを想定したのだろうか?