コーヒータイム

日々読んだ本を紹介しています。英語や中国語書も時々。面白そうだと感じる本があれば、ぜひあなたも読んでみてください!

【おすすめ】なぜ人は失敗から学べないのか?『Black Box Thinking』

 

Black Box Thinking: Marginal Gains and the Secrets of High Performance

Black Box Thinking: Marginal Gains and the Secrets of High Performance

 

本書は失敗学の名著であり、邦訳『失敗の科学』として広く読まれている。

ジャンルとしては、私が以前読んだ『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』と同じだけれど、注目しているところは違う。複雑難解なシステムではなく、人間心理、文化的習慣などから、失敗の原因を探ろうとしている。

最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか (草思社文庫)

最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか (草思社文庫)

 

 

著者は「成功は、失敗への対応のしかたと分かちがたく結びついている」と言い切っている。

個人にしろ組織にしろ、かつてやらかした失敗とその結果を語ろうとしなくなった時、同じ失敗を拡大再生産する可能性がぐっと上がる。逆に、なぜ失敗したのか、痛みをともなう分析をとことん行い、得られた知恵をもとにこれまでの行動を変えることができれば、めざましい成長を遂げることができる。

実際にそうするのは難しい。なぜなら人間にとって、自分の失敗を反省するより、他人を責めることの方がはるかに簡単だから。

だがそうすれば、私たちが失敗から学ぶ貴重な機会をみすみす逃してしまう。たとえ本人が失敗を繰り返さなくても、誰かが必ず同じようなことをやらかしてしまう。

As Eleanor Roosevelt put it: ‘Learn from the mistakes of others. You can’t live long enough to make them all yourself.’

ーーエレノア・ルーズベルトはこう言う: 「他人の失敗から学びなさい。あらゆる失敗を自分でやってみるほど、長生きすることはできないのだから」

 

非常事態になると極度に集中する認知ロック[認知の固着]と呼ばれる人間心理が、しばしば登場する。今解決しようとしている問題に集中するあまり、ほかのことに気が回らなくなることだ。

パイロットが着地装置の不具合の原因をさがすことに夢中になりすぎて、燃料不足による墜落の危機がすぐそこまで迫っていることに考えが及ばなくなった事例があった。問題解決に使える時間にはかぎりがあるのだが、それを忘れてしまい、とにかく目の前の問題をどうにかしなければと躍起になってしまうのだ。

 

もう一つ、よく登場するのが[認知的不協和]と呼ばれる人間心理だ。

イソップ寓話「すっぱいぶどう」が一番有名だろう。キツネは「おいしそうなぶどうがある」と思ったから一生懸命取ろうとしたが、「自分はぶどうを手に入れられない」と気づいた。この時キツネの心は、相反することを突きつけられたことで「認知的不協和」が生じ、ひどい不快感を覚える。

それを解消するために、キツネは「おいしそうなぶどうだから手に入れよう」と行動したことをなかったことにして、「あのぶどうはすっぱいから手に入れなくてもよい」と変えた。本当にぶどうがすっぱいかどうかはキツネには重要ではない。認知的不協和を解消し、不安感からのがれることが大切だからだ。

これは失敗学でもよくとりあげられる。人間がさまざまな言い訳をして自分の行動を正当化しようとするのは、認知的不協和がもたらす不快感を耐えがたく感じるためである。

When we are confronted with evidence that challenges our deeply held beliefs we are more likely to reframe the evidence than we are to alter our beliefs. We simply invent new reasons, new justifications, new explanations. Sometimes we ignore the evidence altogether.

ーー私たちがこれまで深く信じてきたことに反するような証拠を突きつけられたとき、私たちは自分が信じていることを変えるよりも、その証拠を違う視点から解釈しようとするだろう。私たちは単純に新たな理由、正当化、説明を編み出す。時にはその証拠を完全に無視する。(意訳)

 

こういうことを知るのは、あまり気持ちいいものではない。なぜならこの本を読んでいる私もまた、こういう心理活動をしているから。

自己正当化、認知的不協和、認知のゆがみ。他人が必死に言いわけしているのを見て、醜い、と感じたことはきっと誰にでもあるだろうけれど、自分がまったく同じことをしている、ということは都合よく忘れてしまいたがる。

でも、やっているのだ、誰もかも。

If it is intolerable to change your mind, if no conceivable evidence will permit you to admit your mistake, if the threat to ego is so severe that the reframing process has taken on a life of its own, you are effectively in a closed loop. 

ーーもしあなたの意識を変えることが耐えがたいなら、考えられるあらゆる証拠をもってもあなたが間違いを認められないのなら、エゴへの脅威があまりにも強いゆえに、証拠を違う視点から見て(自分に都合のよい方向に)解釈するといった心理過程が自然に起こるようになったのなら...…あなたはクローズド・ループにはまりこんでいる。(意訳)

 

後半になるとますます不愉快になる。

大ポカをやらかした会社内で「犯人探し」が行われ、犯人だと決めつけられた人々がクビにされる。上層部は「これで膿は出し切った」「我々が間違いに厳しくあたることを示せた。残された従業員たちも胸に刻み、今後は気をつけてくれるだろう」と胸を張る。しかし残された従業員は上層部の理想通りには動かない。ああなりたくないと考えて間違いを隠すようになり、間違いを恐れて無難なことしかやろうとしなくなる。隠蔽体質と前例主義がはびこる会社はじわじわと沈んでゆく…。

メディアで嫌になるほど見てきた顛末だ。

人を責めることは役にはたたない。間違いなく本人に問題があることもあるが(たとえば酔っ払っていたとかサボっていたとか)、それがはっきりするまでは本人を責めるべきではない。真の原因はたとえば仕事環境にあったり、システムにあったりする。これを改善しなければ、間違いはいつか、繰り返される…。

これだけのメッセージが、なんと難しいか。

責めてしまう。あわや大事故を起こしそうになったパイロットを、乳児虐待を見逃したソーシャルワーカーを、医薬品を取り違えた看護師を。時にはその家族までを。それを社会正義だと信じこむ人々がいる。

こうした姿勢がソーシャルワーカーなどのなり手を減らし、隠蔽体質を招き、彼ら自身に不利な状況をつくるという言葉は、社会正義に酔った人々の耳には届かない。ネットでの「炎上」がどれほど多いだろう。

果たしてこの本にあるように、間違いから学ぶことができる組織は根付くのか?  絶望的な気分になる。