コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

どこまでがフィクションですか?と聞いてみたい、是非〜有川ひろ『イマジン?』

どこまでがフィクションですか? ーーと、真っ先に原作者の有川ひろさんに聞きたい。是非聞きたい。

内容としては、大ヒットした映画『カメラを止めるな!』に似ている。映像制作会社に勤める主人公とまわりのスタッフが経験するさまざまな撮影現場を通して、映画やドラマ撮影の裏側、あるある話、こぼれ話、ハプニング、制作会社の苦労話、ついでにちょっとしたロマンスを良い塩梅に小説にちりばめたストーリーだ。多分初めてLGBTに正面切って挑んだ小説でもある。

面白いのは、作中に登場する5つの撮影現場のうち、2つは明らかに有川ひろさん自身の別の作品のオマージュであること。「天翔ける広報室」はそのまんま日曜ドラマ化された『空飛ぶ広報室』だし、「みちくさ日記」は確実に映画化された『植物図鑑』だろう。しかも別の撮影現場の話として、明らかに映画『図書館戦争』を意図したこぼれ話まであり、ファンとしてはニヤリとしたり嬉しくなったりと忙しい。

それだけに、「天翔ける広報室」での打ち上げパーティーでの自衛隊側スピーチは実際にあったのだろうか、とか、「みちくさ日記」の撮影現場を原作者が見学してその後SNS発信したのは実話なのか、とか、色々気になってしまう。とくに「みちくさ日記」にからむSNS発信の内容は、作者の渾身のメッセージであることがわかるから余計に気になる。さすがに「天翔ける広報室」のヒロイン役の女優のロマンスは100%創作だろうけれど。ちなみに実在する『空飛ぶ広報室』の主演は、新垣結衣である。

 

私は有川ひろさん(以前は有川浩)のかねてからのファンだけれど、本書は途中まで「普通に面白いけど、なんか物足りない」と思いながら読んだ。

私が好きになる有川浩作品には「毒」がある。変な例えだけれど、紅葉豊かな秋山でのピクニックを楽しんでいたら、足元にいきなり深淵が口を開けて、火山ガスのごとく鬼気迫る空気が噴出しているような。小説として楽しんでいたら、いきなりあまりにもリアルな現実描写がでてきて、冷水を浴びせられるような。

私が最初に読んだ小説『海の底』は、巨大人食いザリガニの群れが前触れなく横須賀の自衛隊基地と米軍基地に襲いかかるお話だ。作中、米軍がザリガニ退治のために横須賀爆撃を検討しているらしいとの情報がもたらされる。自衛隊側に日本民間人が取り残されているのに爆撃を強行するでしょうか? という疑問に、参事官は「取り残されているのはアメリカの民間人か?」と逆に問う。

こういう「毒」が、私が好きになった有川作品の持ち味だ。いざとなればアメリカは日本に犠牲を強いることをためらわないーー作中で一切の容赦無く突きつけられる言葉は、現実社会の「毒」をえぐり出し、目をそらしていた不安を射抜く。

 

本作『イマジン?』は、途中までその「毒」が比較的薄められていたように思う。

主人公の良井良介が上京後、内定が出ていた東京の小さな映像制作会社の計画倒産に巻きこまれ、どこにも就職できずにバイトで食いつなぐというなかなかハードな出だしではある。けれどその後良介が制作会社のアルバイトを始めると、そこそこスムーズに滑りはじめ、物語は制作会社の仕事内容や撮影現場のハプニングなど、私からすると「毒気の薄い」内容に傾いていく。

物足りないと思いながら読みすすめていたら、最終章「TOKYOの一番長い日」で欲求不満がある程度解消された。第一章「空翔ける広報室」からの完璧なつながり、原作者が作品にかける熱意、意表をつくハプニング、最近テレビでも特集が組まれるようになった「働かないおじさん」。一話完結のドラマとしては盛り上がりとギャグがほどよくブレンドされて面白い。

欲求不満はある程度解消されたけれど、やはりどこか物足りなく感じてしまう。『海の底』の「取り残されているのはアメリカの民間人か?」のような意表をつく毒気のあるセリフが見当たらなかったのだ。良くも悪くもほかの映像化された有川作品のオマージュを含むから、なんとなく無難な仕上がりになっているように感じられてしまう。内容自体も、どうしても『カメラを止めるな!』と引き比べてしまう。

小説としては充分面白いし、映像化の裏側、制作会社の裏側がわかって知的好奇心が充分に満たされる。けれども個人的には、もっとトガッたものが読みたい、というわがままな感想を抱いた。次回作に期待。