コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

アメリカ発、子どもを成功者にするために必要なこと〜Paul Tough “How Children Succeed”

 

How Children Succeed: Grit Curiosity and the Hidden Power of Character

How Children Succeed: Grit Curiosity and the Hidden Power of Character

  • 作者:Paul Tough
  • 発売日: 2012
  • メディア: ハードカバー
 

 

どうすれば子どもに良い人生を歩ませることができるかは、すべての親の永遠の課題だろう。

「良い人生」についての考え方は人それぞれだけれど、アメリカでは、高学歴を身につけ、高給の仕事につくのを目指すことが多いようだ。

これまでアメリカは知識面、たとえば読解能力や計算能力を子どもたちに身につけさせることを優先させてきたけれど、しだいに、学力だけでは足りないと考える人々が登場した。本書もこのスタンス。

What matters, instead, is whether we are able to help her develop a very different set of qualities, a list that includes persistence, self-control, curiosity, conscientiousness, grit, and self-confidence. 

(学力の)代わりに考慮すべきことは、子どもたちにまったく違う複数の能力を身につけさせる手助けができるかどうかである。必要となる能力として、忍耐力、自制心、好奇心、誠実さ、度胸、自信が挙げられる。

この考え方そのものは新しいものではない。日本では古くからさまざまな身につけるべき美徳が提案されているし、同じ英語圏であるイギリスでも、紳士淑女たるものこうでなければならないという心構えの長いリストがある。だが、アメリカ社会で、この考え方を実験で確かめているのが、本書の面白いところだ。

 

1960年代、アメリカはある社会実験をした。低収入、低IQの黒人家庭出身の3〜4歳の子どもを選んで二つのグループに分け、片方には2年間幼児教育を受けさせ、もう片方は何もしなかった。その後20年以上追跡調査し、幼児教育が子どもたちの人生に与えた影響を解析している。

今日では人道的観点から猛反発されそうな社会実験だけれど、1960年代当時のアメリカではこういうことができ、どうあれ貴重なデータを得ることができた。短期的にはがっかりするような結果だったーー幼児教育を受けたグループは、数年後にはそうでないグループとほぼ同じIQになっていた。ところが長期的にはめざましい結果が見られたーー知的能力がほぼ同じにもかかわらず、幼児教育を受けたグループは、明らかに学歴や収入が上になっていた。彼らは知的能力以外の【なにか】を幼児教育を通して身につけ、それが彼らの人生によい影響を与えた可能性があった。


ではその【なにか】、たとえば忍耐力、自制心、好奇心、誠実さ、度胸、自信といった能力はどのように育つのか。

本書ではまず「幼児期のストレスはこれらの能力発達に無視できないマイナス影響を及ぼす」ことを示す一連の実験結果を紹介する。貧困そのものではなく、貧困家庭にありがちな家庭内暴力、アルコール依存、ネグレクトといった状況が子どもに与えるストレスこそが、子どもの能力発達をさまたげるのであり、この効果は青少年期にはっきりと現れる。ようするに日本で言うところの「キレやすい」子どもになってしまう。

少し前に『ケーキの切れない非行少年たち』という新書が話題になったように、認知能力に問題が生じる子どももいる。アメリカはさらに段違いだ。本文中に登場するシカゴの某高校は、校長に「生徒に殺しあいをさせるな」という指令が下るほど荒れている。地域環境は推して知るべしで、生徒は常に多大なストレスにさらされている。

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

  • 作者:宮口 幸治
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 新書
 

 

次に、「お菓子などで釣ってやる気を起こすことができれば一時的には効果があるかもしれないが、長期的影響は少ない」ことを示す実験結果。

ある子どもたちにまず普通にIQテストをさせたあと、正解するごとにチョコレートをご褒美にあげることにしてもう一度IQテストをさせてみたら、平均スコアが30近く上がったという実験結果がある。だが、その後の追跡調査で、子どもたちが成長したあとの成功度合い(学歴、収入など)は、チョコレートを与える【前の】IQに沿うものであったという。つまり、チョコレートで釣られて一時的にIQテストに真剣に取り組み、その結果スコアが上がったとしても、続かないのだ。チョコレートがなければ良いスコアを出せない子どもは、チョコレートなしで同じスコアを出せる子どもほどには成功しなかった。

 

では、子どもたちに【ずっと】やる気を起こさせ、必要な能力を身につけさせるためにはどうすれば良いのだろう?

これについてのさまざまな取り組みが本書のハイライトだ。生徒たちの行動を逐一確認して、理想的なふるまいに近づいているかどうかチェックする方法。声かけを工夫して生徒にみずから考えさせる方法。民間団体及び教会を中心とする地域団体による見守りやカウンセリング。どの方法も完璧ではなく、教育者たちは試行錯誤している。そもそも【必要な能力】とはなにかについても、各学校で答えが異なったりする。究極のところ、正解はない。

【成功するための能力】がどういうものなのか、本書ではいくつか例を挙げている。また、それぞれの教育機関が子どもたちにこれらの能力を身につけさせるために行なっていることも参考になる。必要能力が身についているかどうかの判断方法が「大学を卒業できること」であるところはいかにもアメリカらしい。

この点は、日本の大学にそのままあてはめることはできないだろう。日本では経済的理由以外で大学中退するのは珍しいが、アメリカでは学業についていけなくなったために大学中退する学生がとても多い。学力が足りないわけではなく、本書にあるような能力、たとえば遊びたいのを後回しにして、締切日までにレポートを仕上げるだけの忍耐力がないために、学生生活がうまくいかなくなるのだ。

他にもさまざまな点で、本書の内容はアメリカ社会以外にそのままあてはめることはできない。

たとえば日本社会で同じようなテーマで本を書こうとすれば、間違いなく「親はこうすべき、ああすべき」という内容が沢山登場することになるだろうけれど、本書では親の協力というものにあまり触れていない。

理由は、本文中に登場するある公立高校の校長が端的に述べているーーそもそも貧困地域では、生物学上の両親と同居している子どものほうが稀だ。たいていは片親で、祖父母や親戚が同居していることもある。親は生活のために働くのが精一杯で、とても子どものしつけに時間を割く余裕はない。そもそも親自身が崩壊家庭育ちであることが珍しくなく、しつけの仕方がわからない。家庭内での暴力沙汰は日常茶飯事で、ひどいときには人死にが出る。こんな環境では親の協力など期待できない。

 

アメリカの(少なくとも高学歴の人々の)基本姿勢として、「努力で変えられるもので人を判断するのは許される」というものがある。ゆえに子どもたちの【成功】【失敗】とその原因を探るにあたり、「この原因は教育やソーシャルワークなどの努力によって変えることができるか? 変えられるならばどうすれば良いか?」までをきっちり調査報告している。この点で本書はかなり役立つ。

ただ、物足りない点がないわけではない。

本書の著者はジャーナリストであり、研究者ではないため、さまざまな調査報告を広く浅く紹介するにとどまり、研究内容に深入りしているわけではない。より詳しく知りたければ、文中に登場する心理学者、脳科学者、教育者たちの著書に当たってほしい、というスタンスだ。

こうしてみると、本書にあげられた【成功するための能力】こそはかなり参考になるものの、実際にどうすればよいかは万国共通ではなく、その国にふさわしいやり方を考える必要がある。子どもを成功者にするためにはどうすればいいか、さまざまな研究について紹介している本として読み、考えるとっかかりにするのが良さそうだ。