コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

小説・エッセイ

【おすすめ】心霊現象調査所へようこそ〜小野不由美『ゴーストハント』シリーズ

ファンといいながら小野不由美主上の原点たる〈ゴーストハント〉シリーズが未読であったため、一気読み。 現在入手可能なのはリライト版で、オリジナルは1990年代に出版された講談社X文庫ティーンズハート版だけれど、現在は絶版。続編にあたる『悪霊の棲む…

さまざまなジャンルの小説の原型を打ち立てた傑作たち〜エドガー・アラン・ポー《全集》

アラン・ポー全集(30作品収録) 新海外文学電子大系 作者:エドガー・アラン・ポー,佐々木直次郎,森鴎外 芙蓉出版 Amazon アッシャー家の崩壊/黄金虫 (光文社古典新訳文庫) 作者:ポー 光文社 Amazon 黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫) 作者:ポー …

天才女医の診断事件簿〜知念実希人『天久鷹央の推理カルテ』

地域医療を担う、病床数600以上の天医会総合病院。そこには統括診断部という変わった部門があり、所属員は部長である女医・天久鷹央と所属医・小鳥遊優のたったふたり。膨大な知識を有し、超人的な記憶能力、計算能力、知能、好奇心をそなえながら、人付き合…

ここではないどこか、いまの生活ではないなにか〜アントン・チェーホフ《チェーホフ全集》

ワーニャ伯父さん/三人姉妹 (光文社古典新訳文庫) 作者:チェーホフ 光文社 Amazon 桜の園/プロポーズ/熊 (光文社古典新訳文庫) 作者:チェーホフ 光文社 Amazon チェーホフ全集(28作品収録) 新海外文学電子大系 作者:アントン・チェーホフ,鈴木三重吉 芙…

【おすすめ】むきだしの人間の弱さ〜葉真中顕『灼熱』

灼熱 作者:葉真中 顕 新潮社 Amazon いつのことだか、世界情勢についてあれこれ雑談しているとき、ふと思い立ったことを口にした。 ーー核保有国同士では戦争は起こらない。少なくとも核戦争は絶対起こらない。なぜなら核兵器の恐ろしさを知っているから。そ…

恐れを抱かずにはいられない人間の宿命〜貴志祐介『天使の囀り』

貴志祐介さんの小説を読んだのは〈リング〉シリーズから始まるホラーブームの真っ最中、『ISOLA - 13番めの人格- 』が最初。主人公の賀茂由香里は人の強い感情を読みとることができるエンパスで、長期入院中の多重人格者・森谷千尋に会う。彼女の中には十二…

救命救急の現場にみられる冷徹と人情〜浜辺祐一『救命センター カンファレンス・ノート』

著者の浜辺祐一氏は現役の墨東病院救命救急センター部長で、2021年の東京パラリンピックで組織委員会より重症者受け入れを要請された際、 「救命救急センターは本来、突発、不測の重症患者に備えるものであり、予定された行事のバックアップをするものではな…

日常生活にまぎれた悪夢がむき出しにされる瞬間〜宮部みゆき『希望荘』

宮部みゆきさんの〈杉村三郎シリーズ〉の第4作。4篇の中編小説がおさめられている。〈杉村三郎シリーズ〉を読むのはこれで2冊目で、1冊目『昨日がなければ明日もない』は別のブログ記事に書いた。 日常生活の中に立ちこめる黒雲〜宮部みゆき『昨日がなけ…

日常生活の中に立ちこめる黒雲〜宮部みゆき『昨日がなければ明日もない』

宮部みゆきさんの〈杉村三郎シリーズ〉の第5作。3篇の中編小説がおさめられていて、短いからさくさく読みやすい。 〈杉村三郎シリーズ〉を読むのは実はこれが初めて。シリーズの順番は『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』『希望荘』から、この第5作『…

家畜の安寧に甘んじるなという叫び〜魯迅《小説集・呐喊》

ノルウェー・ブック・クラブが選出した「世界最高の文学100冊」(原題:Bokkulubben World Library)の一冊。選出されているのは "Diary of a Madman and Other Stories" だが、"Diary of a Madman"(邦題《狂人日記》)は魯迅の小説集《呐喊》(中国語で「…

[テーマ読書](未完 28 / 100)世界最高の文学100冊を読んでみた

ノルウェー・ブック・クラブが選出した「世界最高の文学100冊」(原題:Bokkulubben World Library)というものがあることを知り、全作読んでみることにした。 Library of World Literature » Bokklubben 目標は2030年までに全作読破。英語原著はできるだけ…

[テーマ読書]わたしの好きな中国現代小説家

中国現代小説を読むのはワクワクする。日本でいう半沢直樹みたいな立身出世小説もあれば、林真理子あたりが書きそうなどろどろ家庭小説、不倫小説、若者たちのなやみをつづった青春小説など、ジャンルは日本とあまり変わらないけれど、90年代以降急激に発展…

「意識の流れ」という新手法〜ヴァージニア・ウルフ《ダロウェイ夫人》

Mrs Dalloway 作者:Woolf, Virginia Penguin Classics Amazon ダロウェイ夫人 (光文社古典新訳文庫) 作者:ウルフ 光文社 Amazon 〈怖い絵〉シリーズの著者である中野京子さんは、絵画をありのままに見て感じとるだけではなく、その絵画が制作された時代背景…

黒人として、友達として〜マーク・トウェイン《ハックルベリー・フィンの冒険》

The Adventures of Huckleberry Finn (English Edition) 作者:Twain, Mark Amazon ハックルベリー・フィンの冒険(上) (光文社古典新訳文庫) 作者:トウェイン 光文社 Amazon ハックルベリー・フィンの冒険(下) (光文社古典新訳文庫) 作者:トウェイン 光文…

流れゆく時からふと汲みあげた小説〜川端康成《山の音》

山の音 (角川文庫) 作者:川端 康成 KADOKAWA Amazon 川端康成は《雪国》《伊豆の踊り子》が有名だけれど、この《山の音》については知らなかった。しかし、海外での評価が高く、ノルウェー・ブック・クラブ発表の「史上最高の文学100」に選出されたことを知…

真の読者にはとどかない寓話〜ジョージ・オーウェル《動物牧場》

動物農場 (角川文庫) 作者:ジョージ・オーウェル,高畠 文夫 KADOKAWA Amazon 中篇《動物農場》 本作は《1984》の著者ジョージ・オーウェルのもうひとつの代表作。《1984》の読書感想はこちら。 身震いするほどの不快感〜ジョージ・オーウェル《1984》 - コー…

身震いするほどの不快感〜ジョージ・オーウェル《1984》

1984 (角川文庫) 作者:ジョージ・オーウェル,田内 志文 KADOKAWA Amazon この小説はどこまで想像力による創作物で、どこからが歴史上の事実をなぞらえているのだろう? たぶん世界でもっとも有名なディストピア小説である《1984》を読みつづけてしばらくたっ…

食談とその深遠なる意図〜開高健『最後の晩餐』

最後の晩餐 (文春文庫) 作者:開高 健 文藝春秋 Amazon 開高健といえば、朝日新聞社臨時特派員としてベトナム戦争を取材したときの凄絶な体験に基づくノンフィクションと小説が有名だけれど、私はそのうち読みたいと思いつつ、残念ながらまだ読んだことがない…

護ることの重み〜中山七里『護られなかった者たちへ』

……言葉もない。 読み始めれば止まらず、ほぼ徹夜で読み終えた。 私はふだんあまりミステリーを読まないのだが、これは刺さった。葉真中顕『ロスト・ケア』『絶叫』と同系統の社会派ミステリー小説。テーマは生活保護受給者たちの声なき叫び。 あらすじを簡単…

20世紀中国の「勝ち組」と「負け組」〜余華『兄弟』

書店で余華(ユイ・ホア)の代表作のひとつ『兄弟』が復刊されているのを見かけた。我が家の本棚にもかなり前に買った『兄弟』があるけれど、積読状態だったため、この機に読んでみた。 ノーベル文学賞受賞作家である莫言(モー・イエン/ばく・げん)が心理…

リアルな出来事に芸術的視点をまぶした印象派絵画のような小説〜莫言『赤い高粱』『続・赤い高粱』

莫言(ばく・げん/モー・イエン)は2012年にノーベル文学賞を受賞した中国人作家。幼少期は1500万~4000万の餓死者が出たとされる大躍進期(*1)にあたり、その後文化大革命(*2) を経験する。この経験が彼の創作の原動力となっている。ノーベル文学賞を受賞し…

新本格ミステリーにようこそ〜知念実希人『仮面病棟』『時限病棟』『硝子の塔の殺人』

コロナ禍のさなか、Twitterで積極的に情報発信したり、ワクチン接種出来るところを紹介したりと、精力的に活動している知念実希人先生を知った。小学館が出した、コロナに関する不適切な雑誌記事をきっかけに小説作品を引き上げるという、医師としての矜持、…

歴史に人々が流されるか、人々が歴史をつくるか〜トルストイ《戦争と平和》

戦争と平和(一)(新潮文庫) 作者:トルストイ 発売日: 2017/01/27 メディア: Kindle版 戦争と平和(二)(新潮文庫) 作者:トルストイ 発売日: 2017/01/27 メディア: Kindle版 戦争と平和(三) (新潮文庫) 作者:トルストイ メディア: 文庫 戦争と平和(四)…

あわただしい人間社会の時間と、もうひとつの悠久の時間〜星野道夫『旅をする木』

わたしは、日本に生まれた人々は、生涯に一度は大陸に行くべきだと考えている。 わたしはユーラシア大陸(中国)と北米大陸(カナダ)を旅した。桂林の山水画そのもののような景観の中、どれほど川下りしてもいっこうに河口は見えず、ロッキー山脈沿いに何時…

【おすすめ】民族紛争の地に送られた無知な子供たち〜プリスターフキン《コーカサスの金色の雲》

コーカサスの金色の雲 (現代のロシア文学) 作者:アナトーリイ・イグナーチエヴィチ プリスターフキン メディア: 単行本 「1980年、みずからの体験をもとに書き上げたこの作品はソ連ではタブーとされたチェチェン民族の強制移住にふれたため発表を許されなか…

負け組の逃げ先としての海外留学〜テレビドラマ原作小説『小別離』

中国でいまもっともアツいテレビドラマの原作小説『小舍得』(未邦訳)の作者、魯引弓(ルー・インゴン)が、『小舍得』を含む中国教育小説シリーズとして書いたのが『小別離』。2016年に英語タイトル"A Little Separation" でテレビドラマ化された。 『小舍…

現代中国社会の熾烈なお受験戦争+習いごと+マウンティング〜ドラマ原作小説『小舍得』

中国でいまもっともアツいドラマは、同名小説を原作とした『小舍得』(未邦訳)らしい。「舍得」という単語はかなり日本語訳しづらいのだけれど、ここでは「子どもの将来のためならば、心は痛むけれど、いまの苦労を惜しんではいられない」くらいの意味。 テ…

ナイジェリアとイギリスの価値観が出会うとき〜チアヌ・アチェべ《崩れゆく絆》

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫) 作者:アチェベ 発売日: 2015/06/26 メディア: Kindle版 ノルウェー・ブック・クラブが選出した「世界最高の文学100冊」(原題:Bokkulubben World Library)の一冊。わたしにとっては初のアフリカ文学。 Library of World L…

【おすすめ】全身全霊でおすすめする半自伝小説〜G.D.ロバーツ《シャンタラム》

シャンタラム(上) (新潮文庫) 作者:グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ 発売日: 2011/10/28 メディア: 文庫 シャンタラム(中) (新潮文庫) 作者:グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ 発売日: 2011/10/28 メディア: 文庫 シャンタラム(下) (新潮文庫) 作者:グ…

法治社会ははるか遠くに〜張平『凶犯』

本書も米原万里さん『打ちのめされるようなすごい本』で紹介されたもの。絶賛されているので読んでみた。 小説自体はとても面白い。中村医師が『アフガニスタンの診療所から』で、アフガニスタンの内情について、古くからの部族法や慣習法に従うのがふつうで…