古い記憶がある。私が高校受験を控えた冬だ。
インフルエンザの予防接種を受けなさいとすすめる母親に、私は注射嫌いだし効果があるかなんてわからないと駄々をこねた。母親が病院を予約して、予防接種代の3000円を押しつけてきた段階になって、私は嫌々出かけ、隣駅の病院で予防接種を受けた。本当にたまたまだったが、お小遣いが余っていて、財布の中にはきっかり3000円残っていた。
うちに戻り、リビングのソファーで昼寝していた私を、母親が妙に猫撫で声で起こした。予防接種はどうだった? 受けてきた? などと質問してくる母親を、寝起きの不機嫌さもあって適当にあしらっていると、とうとうしびれを切らしたように「本当に予防接種受けてきたの? 財布の中に3000円あるのを見たわよ。予防接種受けたって嘘ついて、本当は受けてないんじゃないの?」と言ってきた。
その時感じたのは、いくら注射嫌いだからってこんなことで嘘吐くような子ってお母さんに思われてるんだ、こんなに一生懸命勉強して、まじめな性格だってお母さんなら分かってると思ってたのに。私って信用されてないんだーーということだった。
悲しくなって、でも悔しくて、どう思われたってかまうもんかと、「あれは自分のお小遣いだった」と言い訳せずにリビングを飛び出した。財布の中には予防接種を受けたときの領収書が、ちょっとわかりづらいところにしまわれていた。それを見せれば誤解は解けていたのだがーー、見せなかった。証拠を見せなければお母さんは信用してくれないと思うのがどうしても嫌だった。
この本の著者、人気ブロガーのトイアンナさんは、「恋愛障害」を「対等なパートナーシップを築くことができずに長期間苦しむこと」と定義する。恋愛障害の人々の共通点は、過去の経験から強烈な寂しさを抱えていることで、その寂しさを埋めるために不健全な恋愛関係に走ってしまうのだ。寂しさの根底は、例えば親にあまりかまわれなかったり、親が不在だったり、はたまた愛されているという感覚が薄かったりーー。
トイアンナさんがあげる恋愛障害のパターンのいくつかは、私にも身に覚えがある。
トイアンナさんは本の中で、過去と向き合うエクササイズ、自尊心を育てるエクササイズを段階的に紹介している。冒頭のように、自分に強い影響を与えた記憶を書き出すのもその一つだ。幸いというべきか私はこの本を読む前からこのような作業をある程度行っていて、紹介されたエクササイズのいくつかはすでに実行済みだ。まだまだ乗り越えるプロセスの上にあるのだなと思うけれど、乗り越えるための基礎工事ができつつある点では、私は恋愛障害者の中でもかなり幸運なのだと思う。