コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

“Project Management” (by Adrienne Watt)

素晴らしいプロジェクトマネジメントの入門書。

この本自体が”BCcampus Open Textbook project”というプロジェクトの成果物である。カナダのブリティッシュコロンビア大学が主催するこのプロジェクトは、オンライン講義のためにつくった教科書を無償公開し、誰もが利用できるようにしている。

大学の教科書はふつうかなり高価だ。日本でも必須教科書上下分冊で一万円近いこともざらである。それを無償公開することで学生たちの経済的負担を軽くして、教育の機会均等に役立てることがこのプロジェクトの目的だ。

無償公開する教科書は、オンライン講義のために新しくつくられたものであり、執筆にあたって著作権についての取り決めを筆者らとしっかり交わしている。著作権にふれるものを無償公開しているわけではない(つまり大学側が著作権使用料を肩代わりしているわけではない)。この辺りも「プロジェクトは関係者全員がメリットを得られるようにするべき」ということをしっかり実践している。

 

この本ではプロジェクトの本質を端的に述べている。

Projects exist to bring about a product or service that hasn’t existed before. In this sense, a project is unique.

(プロジェクトは未だ存在していない製品やサービスをもたらすために存在する。この意味でプロジェクトは唯一無二だ。)

プロジェクトを特徴付けるのは、予算、内容、品質、リスク、資源、時間。とくにリスクという言葉は金融業界と建設業界で意味するところが違ったり、しばしば「危険性」と訳されたりするせいで誤解しやすい。この本ではリスクを「プロジェクトの成功を脅かすかもしれないもの」という意味で使っている。プロジェクトにおいては避けて通れないものであり、考えなければいけないのは、どうすればそれがプロジェクト成功の妨げにならないよううまくやれるかだ。

(なお、金融業界ではリスクという言葉を「不確実性」という意味で使っている。ある金融商品の値段が上がるかもしれないし下がるかもしれないとき、その変動幅、上下する可能性、などが大きいほど、つまりもうけられるかどうか確かなことがいえないほど「リスクが大きい」とされる)

 

もう一つ強調されているのは、ステークホルダー対応の重要性だ。あたりまえだが、ステークホルダー(たとえば顧客)が満足しなければいくら仕様通りの製品を開発したといってもプロジェクトは成功とはいえない。誰がプロジェクトの成功を左右できるのか(あるいはできると思いこんでいるのか)、見極めるのはとても重要だ。

 

プロジェクトというとビジネスの話に思えるが、「一品一様である」「始めと終わりの日時が決まっている」「終わりがはっきりしている」「ステークホルダーの満足度をはかることができる」といった特徴があるできごとは日常生活の中でも数多くある。

たとえば冠婚葬祭。結婚式などはまさしく一品一様だし、日時もはっきりしている。新郎新婦をはじめ、親族、招待客がいい結婚式だったねと言ってくれるよう知恵を絞る。

たとえば家を買うこと。マンションなどであれば間取りを選べないが、注文住宅で間取りを一から考えられるとき。入居時期がはっきりしており、ステークホルダーは当の入居者をはじめそれぞれの親族、銀行、不動産会社など。

あるいは友人達を招いたホームパーティ。お盆や年末年始の家族行事。これまで作ったことがない料理に挑戦すること。小さなものでも、プロジェクトの特徴にあてはまるできごとがたくさんある。

日常生活の中でもプロジェクトマネジメントの考え方を使って、ものごとをうまくすすめることができる。プロジェクトマネジメントの知識を身につける大きな意味はここにあると思う。