コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

司馬光《資治通鑑》卷百七十七: 隋紀一

歴史は繰り返すといわれるように、ある国家の現在を理解し、未来を予測しようとするならば、その国家が過去歩んできた歴史をひもとくのが近道である。

アメリカとの熾烈な貿易戦争で注目を集めている中国だが、この先どうなるのか、さまざまな憶測が飛び交っている。

歴史書をひもとけば、歴代中国王朝には共通点がある。経済状況が良好の間は為政者が多少強引でもうまくいくが、ひとたび経済状況が悪化すれば、経済悪化の不安にそれまでの強引な政策推進への不平不満が上乗せされて、社会が一気に不安定化する危険性がある。経済発展こそが歴代中国王朝の拠りどころであり、それは現在の中国共産党一党独裁体制でも変わらない。アメリカにとっては国益を守るための貿易戦争だが、中国では政権維持がかかる。切実さが違う。アメリカ有利に見えるけれど、窮鼠猫を噛むというし、勝敗の行方はわからない。

 

こういうことを考えるにあたって、私が読もうと思ったのが《資治通鑑》。全294卷、約1300年にわたる中国の歴史を記録したものであり、権謀術数渦巻く宮廷権力闘争を学ぶには最適だと毛沢東も愛読していた。

あまりにも長編ゆえ、気がむいたときに少しずつ読んでいく。

 

卷百七十七は《隋紀》の一。

日本から遣隋使を派遣したことで、日本歴史にも馴染みのある隋王朝は、傀儡皇帝を除けば二代37年で滅亡し、唐にとって代わられた。だがこの間の成果は目を見張るものがある。後に唐や日本がまねた律令の制定、科挙制度の創設、少数民族を含めた国家統一。隋の成果や教訓から学んだからこそ、唐は280年間続く大王朝になれたともいう。

 

《隋紀》は隋王朝の初代皇帝、隋文帝が当時長江南方にあった陳王朝を滅ぼし、三百年近く続いた南北分断状態を終わらせ、中国全土を統一したところから始まる。

読み始めてすぐに、権謀術数、人間模様に加えて、抱腹絶倒が《資治通鑑》のキーワードなのではないかと思えてきた。登場人物がスゴいやつとアホと小悪党と、どいつもこいつもキャラが立ちまくっており、酒の席で「あいつスゴいなー」「あいつアホだなー」と笑いをとるのにぴったりの連中ばかり。

私が大好きなアニメ作品『コードギアス 反逆のルルーシュ』の現実版が1300年分続くと思えば、期待が否が応でも高まる。


末代皇帝はたいてい歴史書でろくな書き方をされない。陳王朝の末代皇帝、陳後主はなかでもダメ皇帝の代名詞であり、「コイツは無能で政治軍事をサボり倒して酒や女遊びにふけったから天命を失った」とボロクソ言われるのがお約束。

資治通鑑》での記述も容赦ない。

いわく、陳後主は隋文帝の息子・楊広率いる隋軍が攻めてくる報せに怯えて泣くばかりだった。

いわく、陳後主は蕭摩訶将軍に隋軍討伐を命じたが、女遊びの激しい陳後主が奥さん(美人の若妻!)に手を出していたせいで、将軍はやる気ゼロだった。ちなみにこの将軍、陳後主に出陣を命じられたとき「国家と自分自身のために戦ってきましたが、今回は妻子のためにも戦いましょう」と嫌味で返している。

いわく、隋軍が王宮に迫ると陳後主はパニックになり、みっともないからやめろと止める部下を振り切って寵姫二人と枯井戸に隠れた。

ダメ皇帝の見本市のような陳後主が捕らえられたあと、隋文帝は彼を丁重に扱い、隋王朝で官僚として生きていけるようにはからった。しかし彼は役職付きじゃないから居心地が良くないと文句たらたら、毎日呑んだくれてまったく仕事をしない、といった調子で、勤勉な隋文帝を呆れさせたという。

一方で隋文帝は、陳王朝の残党狩りに力を入れた。現在の広西壮族自治区一帯を治めていた女性頭領・洗夫人が、みずから隋王朝に帰属してきたことを隋文帝はよろこんだ。彼女は女性の身でありながら戦地で弓引いた、中国史上最初の女傑ともいわれる。

 

歴史の皮肉をひとつ。

泣きわめいて逃げまどうダメ皇帝陳後主を玉座から引きずり下ろし、中国全土統一に大きく貢献した隋文帝の息子、楊広。

彼こそ、のちに陳後主以上のダメダメ皇帝といわれることになる、隋の2代目皇帝にして事実上の末代皇帝、隋煬帝である。

歴史書が隋煬帝のことにふれるときは「コイツは暴君で度重なる戦争と舟遊び用の大運河建設でカネを使い果たして民をとことん虐げ、都落ちした先で酒におぼれて自滅した」とボロクソにこきおろすのがお約束。とどめとばかりに、「煬」という諡が、「礼を行わず民を遠ざける」「天に逆らい民を虐げる」という悪意のかたまりのような意味だという解説もついてくる。ぶっちゃけ隋を滅ぼした唐の初代皇帝が嫌がらせでつけたのだが。

彼の物語は、この後読んでいく《資治通鑑》でおいおい紹介しよう。