コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

目に見えぬ運命を見えるものに『中野京子と読み解く運命の絵』

《怖い絵》シリーズで人気の中野京子さんは、これまで「絵は見て感じるもの」と言われてきた絵画に、時代背景、画家の思い、歴史事情などの知識を加えることで、より楽しむことができると教えてくれた。

《怖い絵》シリーズでとりあげられる絵は見た目が怖いわけではなく、むしろ美しいものが多い。だが、知ることによりじわじわと怖くなる。ドガの《踊り子》は一見優美なバレリーナの絵だ。だが、当時、バレリーナをはじめとする踊り子は芸術家ではなくほぼ風俗嬢同然の立場だったこと、絵の中の黒衣の人物が彼女のパトロンであることを知ると、絵を見る目が180度変わる。

 

本書は中野京子さんの最新刊で、《運命の絵》がテーマ。伝説、物語、歴史で伝わる運命についてのお話や、画家自身の運命に結びついた絵画を紹介している。どの紹介も引きこまれるような魅力的な語り口だ。

とりあげられている絵画の中で、ジェローム《差し下ろされた親指》を紹介しよう。興味をもてば、ぜひ本書を手にとってほしい。

 

時代は古代ローマ帝国

今なお絶大な人気を集める観光地であるローマのコロセウムは、当時は現役の闘技場であり、ここでグラディエーター同士の死闘が繰り広げられた。

絵画はその一場面。

地面に倒れ伏した敗者、血にまみれた砂を踏みつけた姿勢で、勝者は皇帝席を見上げる。とどめを刺すかどうかーー敗者にふさわしく息の根を止めるか、健闘をたたえて生命はとらないでおくかーー決めるのは皇帝だ。

画中で皇帝は手をあげかけている。

親指は見えない。

親指が見えた瞬間、敗者の運命は決まる。