コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

なんなんだ、この主人公は?《オープン・シティ》

いつも参考にさせていただいているブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」で紹介されたスゴ本《オープン・シティ》を読んでみた。

信頼できない読み手にさせる『オープン・シティ』: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

普段私が好んで読むのはたとえばハリウッド映画のような盛り上がりがある小説。《オープン・シティ》はスゴ本として紹介されなければ手にとらなかっだろうし、たとえとったとしても最後まで読むことなく巻を置いただろう。そう思えるような日常的な描写が続く。

主人公はナイジェリア系の精神科医。散歩が好きで、ニューヨークを歩き回りながら彼が頭の中で考えたことが、流れる小川のように途切れなく綴られている。彼が縁を結ぶのも移民、それもいわゆる有色人種が多い。彼らとの対話や、見聞きしたものを通して、アメリカでの先住民や有色人種の歴史が、時々、日常描写からはっとするほど鮮やかに浮かびあがる。第二次世界大戦中に日系アメリカ人が強制収容所に入れられたこと。アメリカ北東部の先住民が残酷な迫害に遭ったこと。不法移民の強制送還。9.11の跡地。日常風景と、主人公が思い浮かべることが途切れなくつながり、流れる小川に身をまかせるように小説が進みゆくのを愉しむ。

それでも、スゴ本ブログの書評を読んでいるから、一抹の警戒は怠らない。逆に、そうでなければ見逃していたかもしれない。

突然挿しこまれる告発。

その前とその後での主人公の語りがあまりに変わらなすぎて、びっくりするとともに、これが初めてではないことに気づく。なんなんだこの主人公は?

それまで語ってきた芸術や歴史や哲学のうんちくに隠れて、彼自身の感情経験が抜け落ちていたことにようやく気づく。気づくとともに、恐怖がじわじわとこみあがってくる。この精神構造の人間はなにをしても不思議ではない。たとえば貴志祐介の小説『悪の経典』に登場する蓮実聖司のように。そんな人間の語りに引き込まれたかのようなきまり悪さがある。

スゴ本ブログではネタバレありの読書会も開催したようなので、こちらもどうぞ。

ネタバレ有りで『オープン・シティ』を語ろう(『オープン・シティ』読書会レポート): わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる