コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

重さ100トンのキノコ『見えない巨人 微生物』

想像できるだろうか?

目に見えないながらもっとも種類が多い微生物の存在を。

1500年かかって重さ100トンまで成長したキノコの菌糸を。

深度10000メートルのマリアナ海溝の底に生きる細菌を。

本書はそんな微生物を、小さくて「見えない」けれども地球生物圏の中でもっとも「巨大な」そして「多様な」生き物として、人類の歴史、文化、社会との関わりから紹介している。発酵食品から抗生物質まで、身近な例にあふれており、いかに微生物と人類とのつきあいが長いか、いかに未知にあふれた面白い生き物なのか、生き生きと活写している本書は、新しい世界の見え方を与えてくれるおすすめ本だ。

 

私は一応工学部出身だが、本書を読んでいると、微生物がどれほどの離れ業をやっているのか良くわかる。ひとことで言うと「なんで工学だと高温高圧でないとうまくいかないことを微生物は常温常圧でやってのけてるの⁉︎」だ。

たとえば肥料に欠かすことができない窒素。工学的に空気中から窒素を取り出そうとすれば、空気をマイナス200度前後まで冷やして液化させてから酸素を分離する。だが、マメ科植物の根に生息する根粒菌は窒素取り出しをごく普通の大気と土壌中でやってのける。

たとえば化学式はまったく同じだが見た目形状だけが鏡写しのように逆になっている光学異性体の分離。工学的にはわざわざ違う化学物質を反応させてから結晶化させることを繰り返す必要があるが、微生物は光学異性体を軽々と識別して片方にしか働かない。人間の身体も光学異性体の片方にしか反応しなかったりするので、この技術は医薬品製造に欠かすことができない。

工学的視点だけでもこうだ。生物学から見た微生物の離れ業はそれこそ本書だけでは紹介しきれず、著者は「興味をもったらもっと詳しい文献にあたってほしい」という意味のことを書き添えている。自分の遺伝情報を無理矢理感染者のDNAに突っこむ(逆転写という)ことで増殖するエイズウイルスなどを始め、微生物の世界にはまだまだびっくり箱がたくさんあり、人類が開けるのを待っているかのようなわくわく感がある。

 

この本で私が一番興味津々で読んだのは、なぜ微生物はこれほどまでに多様性があるのか。

微生物がすぐれて多様性がある理由は、繁殖が速いため遺伝子変化が起こりやすいこと、プラスミドと呼ばれる小さなDNAの塊を微生物同士でやりとりして遺伝子変化を広めやすいこと、などが挙げられる。小さければ変化が速く、大きければそれだけ鈍重になる。生物界でも人間社会でも変わらないのが面白い。