コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

大手企業のリストラを実況中継『リストラなう!』

2010年3月上旬、某大手出版社が「早期退職優遇措置」(いわゆるリストラ)を発表した。そんな中早々に退職を決めた「たぬきち」が、退職まてまの2ヶ月をブログで実況してゆく。それをまとめたのが本書だ。

主人公(?)のブロガー「たぬきち」は45歳、男、営業職。某大手出版社(コメント欄には容赦なく実名出されているが)の早期退職優遇措置に応募後、リストラ実況中継と称しつつ、社内の雰囲気、自身の揺れる心理、業界批判などをブログに書いていく。

だが「たぬきち」の書くものだけでは、この本の面白さは十分の一もなかっただろう。

ブログ記事に対する、時に辛辣、時に応援、時に鋭く本質を突くコメントこそが、際立って面白い。なにしろ著者というものはどんなに他人を舌鋒鋭く評価しても、自分のことになるととたんに切れ味が鈍りまくるのが常。ブロガーと不特定多数のコメントという関係性でもなければ、リストラ実況中の著者に「年収1000万越えの大手出版社勤めが、更にこれだけ恵まれた条件で退職出来ているのになにが不満なんだ」「(赤字傾向にもかかわらず給与が不自然に高いことが)いまさらわかったのかよ!とつっこまずにはいられない」などというコメントがぶつけられる、鍔迫りあうやりとりにはなっていないだろう。

この本はなにかの着地点を目指したわけではない。二ヶ月間社内実況中継をして、その間コメント欄が多少炎上しつつも意義あるやりとりをして、退職日に「たぬきち」さんは予告通りブログの更新を終わらせた。二ヶ月間の自身の体験をブログに書き留めたこと、ブログの読者が「たぬきち」さんの大手出版社正社員ゆえの甘さから出版業界体質までさまざまな指摘をしたこと、それをまとめた本を私が読んでいること、そういったことには意味がある。リストラ実況中継などというものは、捜してみたら案外見つからないものだ。

だが読み終わると、なにやら虚しさを感じずにはいられない。「たぬきち」さんは会社を去った。ブログはただ更新停止し、その役目をただ終えた。そして今、不景気でリストラや派遣切りがさほど珍しいことではなくなった。そう思うと、明日は我が身かもしれない、という考えがよぎる。

そうなったら、ブログで実況中継するのも悪くない。そう思うとすこし面白くなる。