コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

起業家必読『勝ち組企業の「ビジネスモデル」大全』

最近話題にする機会があったのだが、組織人の行動は、システムによって大きく変わる。

たとえば大学教授の評価方法に論文投稿数を取り入れれば、大学教授は一論文あたりの内容を薄くしてでも投稿数を増やそうとし、結果、論文の質が下がるだろう。博士課程修了者数を取り入れれば、博士課程の学生指導に力を入れるだろう。1日は24時間しかないのだから、あることに力を入れれば、自然と別のことにかける時間が少なくなる。要するに、システム上、メリットとなることにかかりきりになり、そうでないことはやらなくなる。

だからビジネスモデル設計はとても重要になる。ビジネスモデルでお金になることをはっきりさせれば、それに集中し、ほかのことは後回しにすると判断できる。あれもこれもと手を出してすべてが中途半端になることは、ビジネスとしては致命的だ。

 

本書はこの意味で非常に参考になる。企業の強み弱みを分析した上で、将来にわたって稼ぐ仕組み、成長する仕組みを提案している。本書のタイトルは「ビジネスモデル大全」となっているが、それにとどまらず、国内業界の慣例、傾向、企業創立事情、法規制などにも踏みこんでいるためとても理解しやすい。

本書を読んでいると、ある業界の慣例・傾向は、その業界での企業成長をほとんど運命付けてしまうように思えてくる。たとえば著者がある飲食系企業をとりあげた際には、業界体質を明快に言い切っている。

飲食業では1つの業態のライフサイクルは2~3年と言われています(図 −5)。新店舗オープン時には 、もの珍しさやキャンペーンなどで多くの一見客が集まりますが、 2~3年目には新店効果も消え、その業態の真価が明確となります。すなわち3年目の集客数がその業態の実力であり、以降は何も対策をしなければ客が集まらなくなってしまうのです。

不況、終身雇用崩壊、転職市場拡大などの文字がニュースに踊る現代だが、「ビジネスパーソンの年収は実力よりも業界水準で決まる」という考え方がしだいに広まっているようだ。そうであれば、法人としての企業成績も「実力よりも業界構造で決まる」のは納得できる。本書で紹介されている雪印メグミルクケーススタディなどは業界構造で経営方針が決まる(もっといえば束縛される)典型例だ。

 

一方で、国内事情については相当深くまで踏みこんでいるが、海外事情についてはあまり紹介がなく、説明が不十分なところもあるのが気になった。

たとえば著者は業界秩序と規制を悪玉扱いし、それらに縛られずにビジネス展開できるのはすばらしいと中国を褒めているけれど、欠落している視点がひとつある。中国では一定規模以上のIT関連企業は例外なく政府の強力な支配下にあり、著者言うところのように企業活動に「秩序も規制も関係な」くなるのは、その企業活動が政府の意に沿うものであるときだけ、という視点が。

著者は「顔認証技術を持っているところ...米国政府でもなければ中国政府でもない、それはAppleでありアリババだ」と書いているが、現実はそう単純ではない。なぜアリババのオンラインサービスがこれほどまでに成長できたかといえば、斬新な発想や大胆なビジネス展開もさることながら、なによりもそれが中国政府の意に沿う企業活動であり、支援を受けたからだ。支援をすれば見返りを要求するのは当然である。なぜ中国政府がオンライン決済サービスや顔認証システムに興味をもつのか、おそらく、漠然とではあるが想像できる人は多いだろう。

このように、著者は日本国内の政治事情はよく解説しているものの、企業成長案としてよく海外展開を持ち出している割には、海外事情にあまりふれず、合理的なビジネスモデルを徹底的に考えるスタイルをとっている。もう少し各国の政治事情まで踏みこんで、紹介していればと思う。