コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

ここがおかしいよ日本社会『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』

 

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

 

わたしがインターネット上で借金玉という名前を知ったのは、ニューアキンドセンターへの投稿を読んだのが最初だった。読み始めてからすぐ、わたしはこういうことが知りたかったのだと思った。同時に、こういうことを書くのに、生傷を引き裂いて鮮血を迸らせ、血反吐を吐き散らす覚悟と胆力が必要だっただろうとも分かった。自分自身を含めた現実と徹底的に向きあった人間の文章だった。

借金玉氏がニューアキンドセンターで書いた記事のまとめはこちら。

借金玉 | ニュー アキンド センター

そのうちでもわたしが何度も何度も読み返した、読んで絶対損はない記事をいくつか。

起業失敗の話。起業を志す皆さんに敗残者からお伝えしたいこと | アキンド探訪

連載最初の記事。起業の失敗理由を「人」の観点からえぐり下げている。借金玉氏は事業に失敗してからあまり時間がたっておらず(具体的には書いていないが、文章から察するに、創業期メンバーとの対立&反乱&背信行為があったと思われる)、「人間は必ず裏切る」という残酷すぎる現実がメインテーマ。だがここに「裏切った方が得な環境を作ってしまった代表取締役が悪い」と加え、自分自身が悪かったところも血まみれ解体しているのが借金玉氏のすごいところ。これで一気に連載ファンになった。

起業という甘い罠の話。なまはげに嵌められない起業とは | アキンド探訪

こちらは少々方向性を変えて「起業させてから食おうともくろんでいる出資者もいますよ」というお話。出資者に株式9割握られていたらもはやお察しだけれど、起業当初の、熱にうかれている状態では案外ころっといってしまう。

英雄頼りの「会社経営」から抜け出す理由。兎を獲ったら犬を煮る話。 | アキンド探訪

創業期を抜け、規模拡大期に入る頃。これまでひとりの超優秀メンバーにまかせていた仕事を、ほかのメンバーにもできるようにマニュアルなどに落としこんでゆかなければならないが、たいていここで衝突発生するというお話。借金玉氏が起業過程でつまずいた場所。

 

さて本書だが、タイトルから分かるように起業失敗についてのものではない。著者はADHD注意欠陥多動性障害)とASD自閉症スペクトラム自閉症、アスペルガ ー症候群、広汎性発達障害などを包括する概念)を抱えている。発達障害は一人一人の症状や困りごとが違う。著者にも双極性障害などいろいろある。

そんな著者が書く発達障害向けのライフハックであるが、読んでみると感想がひとつ。

「もしかして『ここがおかしいよ日本社会』が裏テーマになってないか?」

たとえばこの文章は読みながら、わたしは「あるあるあるある!!!!」と高熱時のうわ言みたいなことを言いながらうなずきまくっていた。

職場というのは、言うなればひとつの部族です。このことをまずしっかりと理解してください。

そこは外部と隔絶された独自のカルチャーが育まれる場所です。そして、そこで働く人の多くはそのカルチャーにもはや疑いを持っていません。あるいは、疑いを持つこと自体がタブーとされていることすらあります。それはもう正しいとか間違っているみたいな概念を超えて、ひとつの「トライブ(部族)」のあり方そのものなんです。言うまでもありませんが、それは排他的な力を持ちます。部族の掟に従わない者は仲間ではない、そのような力が働きます。

「空気を読む」とは、そのような部族の中に流れるカルチャーをいち早く読み取り、順応する能力です。僕にはこの能力が完全に欠けていました。欠けているだけならまだしも、そもそも順応する気がなかった。僕の失敗の一番致命的なところはそこだと思います。

 

なんとなれば、定型発達者であれば誰もが意識せずある程度できる(できるようにさせられる)ゆえに、ほとんど文字化されないことを、発達障害者である著者は文字化してみせた。

これ、社会文化学研究に一番大切な能力なんである。

「肝心なことはみんなできるから、わざわざ言葉に残そうとする人は少なく、文献の行間から読みとるしかない」というのは社会文化学研究あるある(とわたしは思っている)。それを本気で観察して考え抜いて文章化されるほどありがたいことはない。

発達障害者が書いた」ということにも価値があると思う。本気でわからないから本気で観察したことが文章からビシバシ伝わるし、明文化されることへの嫌悪感も低い。

人間、普段何気なくやってることを「これっておかしいよね?」と指摘されると、居心地悪くなったり、おちょくられたりバカにされたと感じたりするもので、「そう言うあんたがおかしい」と反論したくなる。ネットなどはこの手の論争に事欠かない。

けれど、発達障害者相手ではこの心理的ハードルが下がるのである。「発達障害者ならまあしょうがないか。自分をおちょくっているわけではなく、本気で分かっていないんだろう。よく読めば内容も結構納得できるし」てなもの。昔の中国なんかでもあったが、あいつおかしい、とささやかれる知識人が、最も鋭く社会批判していたりする。体制批判は時代によっては一族郎党全員死刑だが、"正常な"状態にないとみなされた人間は見逃されるのである。

話がそれたが、この本は「日本社会ワケワカラン」とお悩みの外国人移民勢には良い日本社会入門書になると思う。誰か英訳して売り出してみてくれないものか。

 

ちなみに、押さえておきたいポイントを3つに絞って紹介するならば、わたしはこれを選ぶ。

業務習得や遂行の最高の潤滑油は「好意」です。業務上関わる多くの人間に好意を持たれることにさえ成功していれば、ハードルは一気に低くなります。もちろん、逆も然りです。悪意を持たれた時点で、本当に大変なことになります。

この世で最もシンプルで、どの職場でも使える最強の「見えない通貨」。それは、 「褒め上げ」「面子」「挨拶」の3つです。この3つを覚えれば、人間関係における  9割の問題は解決すると言ってもいい。

人間というのは「雑談」を経てその人間がコミュニケーション可能な相手なのか、そうでないのかを測っている節が大変強くあります。共有する話題も用件も全くないところで発生するある種儀礼的なコミュニケーションは、お互いが対話可能かの試し合いです。これが「できない」と認識されると、それ以上の深いコミュニケーションをとるのは往々にして難しくなるでしょう。