コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

なぜ最低賃金が安いままなのか理解するために『マンキュー入門経済学』

 

マンキュー入門経済学 (第2版)

マンキュー入門経済学 (第2版)

 

めちゃくちゃわかりやすい経済学入門書。これから株式投資したいとか、日経新聞をもっとよく理解したいとか、そういう目的で手軽に手に取るのがおすすめであるし、ニュースで議論になっていることが、経済学で説明出来ることを知るのはとても役立つ。

経済学は、経済をまわすものはなにかというところからスタートするけれど、これが「インセンティブ」と哲学的。もっと直接的にいえば「人間の欲望」であろう。人間誰しも得をしたいし、損をしたくないもの。「こういう経済活動をすればメリットがデメリットを上回る」と思えば、やる理由が生まれる。

経済学を学んでいくと、インセンティブが中心的な役割を果たしていることがわかるだろう。

人間の欲望は、経済学では「お金」の形で現れるため「価格」がとても大切になるけれど、古典経済学では「市場にまかせればどこかでちょうどよいバランスの価格(または需要・供給)に落ちつくもので、それはあたかも神の御技のごとし」と、これまた哲学的な考え方をしているのが面白い。

市場経済が「見えざる手」によって導かれているとするならば、価格システムはその有名な「見えざる手」が経済というオーケストラを指揮するのに用いる指揮棒である。

 

さて哲学的なスタートを切った入門経済学だけれど、ここからどんどん現実的になってくる。介護や乳幼児保育の分野などにそのまんま起こっている「価格上限が決められると需要に供給が追いつかなくなる問題」。市場状況からすると本来もっと高い給料でバランスがとれるはずなのに、政策でより安い給料に固定されてしまうと、なり手がいなくなる一方、需要は多くなり、バランスが崩れるというもの。前回読んだ『東京貧困女子。』では官製貧困の原因と批判された。

政府が競争市場で拘束力を持つ価格の上限を設定すると、財の不足が生じ、売り手は多数の潜在的な買い手に対して希少な財を割り当てなければならない。

一方、その逆。最低賃金引上げのための活動をよく見かけるけれど、これが逆に失業率を上げるというお話。このことも需要と供給で説明できる。需要曲線と供給曲線には、お互い交わる「つりあいがとれた」点があるのだけれど、労働力を供給、企業求人を需要とするならば、最低賃金引上げは労働力供給を増やす(働きたい人が増える)一方、理論的には企業求人を増やさない(現実的には減るだろう)。ゆえに、失業が生じることになる。

もし最低賃金がこの図で示されているように均衡水準よりも高ければ、労働の供給量は需要量を上回る。その結果、失業が生じる。

…...最低賃金引上げをアピールして支持を集めようとする人々は、このことをどう考えているのだろうか、気になる。もちろん古典経済学のモデルはとてもシンプルなので、現実がまったくこの通りになるとは限らないけれど、「なぜこうならないと思うのか」は説明されるべきだと思う。

 

いずれにせよ、古典経済学では、自由市場の結果が「神の御技のごときバランス感覚によって」長期的には資源の効率的配分を達成している、という結論になる。裏返せば「人間が市場のすべてを把握することはできないから、人間が中央計画経済をやろうとしてもうまくいかない(いかなかった)」ということになる。

いま統治者が市場に頼ることなく、自分で効率的な資源配分を選ぼうとしているとしよう。そのためには、市場におけるすべての潜在的な消費者の財に対する価値とすべての潜在的な生産者の費用を知る必要がある。しかも一つの市場だけではなく、経済に存在する何千もの市場一つ一つについてこの情報が必要なのである。このような情報収集は不可能であり、なぜ中央計画経済がうまく機能しないのかを説明している。

わたしが疑問に思ったのは、ビッグデータとAIがますます発展するこの時代に、人間が市場のすべてを把握することはできないということはまだ正しいのだろうか、ということ。

すでに株売買や為替売買は自動化され、0.1秒間隔の高速取引で莫大な利益を稼ぎ出している。コンピュータシステムが予想できない「人間投資家の非合理的な狂気と恐慌心理」のせいでマーケットが予測不能な動きをすることもたまにはあるらしいけれど、予測できない範囲はだんだん狭まってきているのではないかと思う。

また、オンラインショッピングやキャッシュレス化が進めば、国民一人ひとりの消費活動をデジタルデータとして把握することもできるだろう。お隣中国などはその好例で、アリペイはいまやその辺の屋台でさえ使える。いまや人間が把握できないのは、プレイヤーがあまりに多く、データがバラバラに保管されている場合に限られるのではないだろうか。(クラウドを使うとそれもわからないが)

 

このような時代であれば中央計画経済は成り立つか?  技術的には充分可能性があると思う。

できるようになるにはなにが必要だろう。想像してみた。

  1. 経済活動を表すデータの取得。キャッシュレスを徹底し、あらゆる銀行取引、証券取引、為替取引などの記録のみならず、求人数や労働者数や給与額(労働力の需要ー供給解析のため)、商品売上げ個数や在庫数量、ソフトウェアやデジタルコンテンツダウンロード数などをすべての銀行、証券会社、企業、個人から得る。
  2. 現在のみならず過去のデータをも解析してあらゆる項目の需要ー供給曲線を得る。(短期間と長期間のものがそれぞれ必要になるだろう)
  3. 現状を需要ー供給曲線の交わる点と比較する。
  4. 現状と需要ー供給曲線の交わる点とが一致しない場合、どのように一致させるか対策立案する。
  5. 然るべき政府機関を通して、対策を実行する。

1.はかなり手強そうだ。提出させるデータは質が良く、解析可能なものでなければならない。実際のデータは不必要な情報が混ざっていたり、手入力であればミスがあったりするかもしれない(みずほ証券担当者の入力ミスによるジェイコム株大量誤発注事件を覚えているだろうか)。故意に一部データを隠蔽されることもあるかもしれない(公にされたくないお金の流れのひとつやふたつはどの企業にもあるだろう)。信頼できるデータを得ることは技術的には可能なものの、実際には独裁国家でもなければ難しいだろう。

2.〜3.はコンピュータシステムや人工知能により達成出来そうで、一部分野ではもう研究が進んでいても不思議ではなさそう。

4.以降はさらに問題で、その国家のこれまでの政策、これからの国家戦略がからみ、さらに利権関係調整もあるから、一筋縄ではいかず、人間の政治家や経済学者がどうしても必要になるだろう。

ではここまで苦労して中央計画経済を行うためのインセンティブはなんだろうか?

わたしは「金融危機バブル崩壊を未然に防ぐことができること」がもっとも大きなインセンティブになると思う。日本のバブル崩壊アジア通貨危機リーマンショックなどのように、一国の経済体制そのものを根幹からゆさぶり、その後10〜20年に渡る不況を引き起こすようなことは、どの国家も望まないだろう。経済危機を回避するためであれば、ビッグデータを利用して中央管理経済を実施するのは、充分理にかなうし、今後この方向に進む国家も出てくるだろうとわたしは思う。