コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

なぜ中国人は不動産を買わずにはいられないのか?『三日でわかる中国経済』

 

つい先日、わたしがよくリンクを貼るAmazonが中国市場から撤退するかもしれないと耳にした。

中国側はこのことを歓迎しているらしい。オンラインショッピングの競争相手が減るからというのもあるだろう。Amazonの強力なクラウドサービスに国内企業が太刀打ちできずに苦労しており、Amazonが撤退すれば国内企業がクラウドサービスを握れるからだともいわれる。

もしかすると、それ以上の裏事情もあるかもしれない。GoogleFacebookが中国市場から締め出されたのは、アクセス記録提供、「望ましくない」ウェブサイトへのアクセス制限などについて、当局と折り合わなかったためだとささやかれる。Amazonがなんらかの交渉決裂に直面した可能性もなくはない。

今後状況が変わらなければ、中国の小学生以下の子どもたちは、海外留学でもしない限り、GoogleFacebookも知らないまま育ち、オンラインショッピングといえばアリババの提供サービスを使うようになる。

 

中国経済は特殊な歴史事情、政権体制、消費者感情などのために、しばしばヨーロッパやアメリカを中心に発展してきた経済学では説明しがたいようなふるまいをする、というのがわたしの肌感覚だ。

経済学ではいつも開かれた市場、自由競争、需要と供給が決める適切価格などから学び始めるけれど、中央政権による経済活動統制・干渉がとても強い中国において、ここをスタートポイントにするのはおそらく適切ではないし、たとえば需要供給理論だけでは説明できない現実(たとえば数千万戸が売れ残っているとされるにもかかわらず高止まりする不動産価格)がごろごろしている。

だから中国経済を理解したければ、必ず中国で発行された経済書を読まなければならない、とわたしは思う。きちんと中国特有の前提条件から話をすすめてくれるから、混乱せずにすむ。中国ではみんなお金儲けや投資話にすごく関心があり、一般向けのビジネス書や投資関連本でもいいものがどんどん出ている。日本語訳があまりないのがツライけれど、わかりやすいものから手に取るのがいい。本書もその一冊。

 

マンキュー入門経済学が経済学入門編だとすれば、本書は中国経済にスポットをあてた応用編だといえる。いわゆる「三日でわかる」シリーズで、中国経済の現状を経済学原理や社会の現実とからめながら、経済学にくわしくない読者にやさしく説明してくれる。

マンキュー入門経済学 (第2版)

マンキュー入門経済学 (第2版)

 

内容は不動産、株式市場、通貨、個人収入、金融、就職市場、産業構造、エネルギー、環境の9つで、いずれも中国経済を語るにあたって避けることができないキーワード。

バブルの気配が濃厚な不動産市場については、8つもの原因をあげて説明しようとしている。その中でも「貨幣の過剰供給」「政府による土地供給及び土地開発許可独占」がバブルの根本原因だと指摘しているのはかなり的確だと思う。どちらも貨幣政策や土地政策に関することだ。

不動産はいまや中国経済の根幹をなしている。不動産と建設業界はGDPのかなりの部分を占めているし、地方政府は赤字体質で土地開発収入でもっているようなところもあることが明らかになってきたし、金融機関のバランスシートにも不動産ががっちり食いこんでいる。これだけみれば80年代の日本によく似ているが、中国特有のさまざまな利権が話をややこしくしている。

不動産バブルはリスクが高すぎるとみんな分かっているものの、なかなか中国の不動産投資熱は冷めないのは、利権もさることながら「住めるところを確保したい」という消費者心理があるためだ。

中国は近代以降、革命につぐ革命、激動につぐ激動を繰り返してきて、その度に財産没収から地方追放から冤獄まであらゆることが起こってきた。誰もがみな「いつなにが起こるかわからない」ということを骨身にしみて知っている。だからどんな状況になってもせめて身を置くところがあるようにーーという心理で、無理をしてでも不動産を買いたがる。インド人が「いつ故郷を捨てて逃げ出さなければならなくなっても身につけることができて、いつ貨幣が価値をなくしても間違いなく換金できる」黄金のアクセサリーを必ず買うようにしているのと同じ、生きるための知恵である。だがその知恵が不動産バブルをもたらしたのはなんとも皮肉だ。

本書によると、中国政府は不動産価格を抑える政策を打ち出しては緩めることを繰り返しているようだ。

さきほどインターネットで調べてみたところ、2019年5月現在、中国政府はまたもや政策を緩めはじめ、これまで不動産を購入できなかった人々の需要を掘り起こすために、大手銀行に小規模企業への融資を増やすよう迫っているという。小規模企業経営者は一部融資を不動産投資に使い回すことがよくあるから、不動産投資刺激策にもなる。

(2019年4月) 16日に発表されたデータによると、住宅価格の伸びは3月に加速に転じている。11~2月は4カ月連続で伸びが減速していたのとは対照的だ。

WSJコラム)

なんだかサブプライムローンみたいな話ではある。証券化することはないかもしれないが、融資焦付きが増えそうであるが、不動産市場を維持するためにはそうもいってられないのだろう。

 

本書は2016年版であり、2015年までの経済状況しか書かれていない。

そこで、「通貨」問題のひとつとして指摘されている指標、CPI(Customer Price Index、消費者物価指数)のその後についても調べてみた。本書では、貨幣の過剰供給により消費者物価指数がずっと高止まりだが、短期間でこのトレンドが変わることはないだろうとしている。実際はどうか。

2018年以降の中国のCPIはたしかに、相変わらず2%程度成長を続けている。同時期での日本のCPIは低めで、0.2%〜1.4%程度。けれど中国のCPI増加幅は予想よりも小さいとされており、国内需要が冷えこんだためではないかと言われている。本書で心配されているようにCPIが上がりすぎる状況にはなっておらず、むしろ逆のことを心配されているようだ。

中国: 居民消费价格指数(CPI) _ 数据中心 _ 东方财富网

日本: https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/pdf/zenkoku.pdf

 

本書ではどちらかというとマイナス面を多少強調しているけれど、日本のバブル期のように消費者が経済発展はずっと続くと勘違いして身の丈をわきまえない不動産投資に走らないよう、冷や水を浴びせようとしているようにも見えた。中国は日本のバブル崩壊を実によく研究している。自分たちはそうなりたくないという強い思いがある。だが思いとはうらはらに、不動産バブルは危険水準に達している。政府はなんとか経済をソフトランディングさせようとしているけれど、先は見えない。