コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

秘密を守るために読む本『暗号技術のすべて』

ミステリー好き、小説好きであれば、本書の古典暗号の部分を読みながら「これ見たことある!」と嬉しくなると思う。文字を符号で置き換える手法はそのまんまシャーロック・ホームズの『踊る人形』だし、文字を別の文字に置き換えるのは『ダ・ビンチ・コード』に登場するアトバシュ暗号がいい例だし、聖書の章番号を利用して秘密を伝えるのも海外小説によく登場する。現代的なところでは、人造DNAの並びに暗号を紛れこませるなどということもできてしまうだろう。

それほど大げさなことでなくても、小学生や中学生のとき、仲間だけがわかる「秘密の合言葉」をつくって遊んだことのある人は多いと思う。先生や家族の目を盗んで回し読みされる手紙、机の下で打たれるメールには、発信者と受信者だけがわかる言い回しがたくさんあるだろう。初歩的な暗号はとても身近なのだ。

もちろん、コンピュータで使用される暗号はこれほど単純ではなく、複雑な数学的手法を駆使され、簡単には破られないようにする。だが暗号の根底には、秘密を共有するわくわく感が息づいていると思う。結局のところ、暗号によって守られるものが国家の軍事秘密だろうと放課後の寄り道先だろうと、誰も解読できない暗号を駆使して仲間内だけで秘密を共有するということは、とてもわくわくする、子どものような嬉しさと楽しさをもたらしてくれる遊びなのだと思う。

本書では古典暗号から、コンピュータで使用されている最新暗号まで、あらゆる暗号技術を説明している。意味のあるメッセージをバラバラにしたりして、一見意味のない文章をつくるという点で、コンピュータがやっていることは文字を利用した古典暗号と同じである。一つ違うのは、コンピュータで扱うのは「0」「1」のみであるから、コンピュータ暗号は本質的なところで「秘密にしておきたい情報を表している (0, 1) のカタマリを、秘密鍵などを用いて、前後逆転したり行列演算したりして撹拌し、一見ランダムな(0, 1) のカタマリと見分けがつかないようにする」ことを目指している。ランダムな(0, 1) のカタマリは意味をもたないが、暗号化された(0, 1) のカタマリは、限りなくランダムに近いように思えながら、暗号解読鍵をもつ者であれば、複雑な数学計算を経て、意味のある情報に復元できる。この数学計算をどのように設計するかが、暗号開発者の腕の見せ所だ。

暗号技術に使われる数学手法はとても難しいが、本書ではさまざまな暗号技術を図示することで、高校生程度の確率・統計の数学知識があれば読めるようになっている。分厚さゆえにとまどうかもしれないが、暗号というものにわくわくする読者であれば、手にとってみて損はない一冊。