コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

イギリスでの不動産投資の現場から、ユーモアを添えて〜Rob Dix “The Complete Guide to Property Investment”

 

 

不動産投資、イギリス編。

イギリスはみなさん投資や財産形成に熱心で、不動産投資情報も多い。イギリスのみならずヨーロッパあるあるとして、不動産は古くて伝統があればあるほど価値がある。エアコンを取りつけづらいエドワード朝建築物が、現代的なフラットよりも高価であったりする。過去のデータをみるに、イギリスでは平均9年で不動産価格が2倍になっている(もちろん不動産の種類や地域などでゆらぎはある)から、不動産投資は悪くない選択肢であるらしい。

不動産投資書の最初に「まず税金についてしっかり調べておきましょう。税金はひとそれぞれなので、本書では話を簡単にするために税引前損益で話をすすめます」と念押しされているのがイギリスらしい。もちろん法規制(死ぬほどめんどい)についても忘れずに。

 

著者はみずからも不動産投資をしており、自分のことを「調査オタク」と言ってしまうくらいさまざまな情報源にあたり、不動産投資家に会い、不動産投資家のコミュニティサイトを立ち上げる手伝いをして、その経験を入門書にまとめた。また、ウェブサイトでもノウハウを公開している。

The ultimate resource for UK property investors | Property Geek

みずから不動産投資をしているだけあり、経験談がたっぷりこめられており、具体的で実践的、読み応えがある。

私は原書にあたってみたが、イギリス特有のもってまわった言い回しがあまりなく、非常に読みやすい英語だ。

(ひねくれた言い方をすれば、きびしい階級社会が残るイギリスにおいて、エリートやインテリ向けではなく一般大衆向けの英語で書かれている。想定読者層も小金持ち程度の労働者階級なのだろう。どの国もそうだと思うが、エリート階級はまわりくどくてわかりにくくて古典引用する文章を好む)

内容もシンプル・イズ・ベスト。まずは「時間をかけなさい、努力して不動産投資を勉強しなさい、さもなければその分多くのお金を出しなさい」とストレートなアドバイスから始まり、どのような戦略が考えられるのか、いくつか例示している。たとえば、

  • 収入の1/4を不動産投資にまわしてそのまま賃貸市場に出せる物件を買い、利益でさらに物件を買い増しして、20年後に十分な収益を得る戦略。(著者はユーモアたっぷりにつけたしている。「ここまで読んだみなさんはこの本を床にたたきつけたくなっているだろう。『毎年収入のかなりの部分を投資すれば20年後に金持ちになるだって? そんなの教えてもらうまでもない!』とね」)
  • 状態があまりよくない物件を比較的高金利の短期融資で買い、リフォームして物件価値を高めてから、低金利の長期のローンに借り換える戦略。初期投資は高めだが、月々の投資を低く抑えられる。物件探しやリフォームに手間がかかることが欠点。(まさに「お金を出さなければ時間と努力でカバーすべし」という著者のアドバイス通り)

著者はしつこく「戦略例をそのまま実行したりしないように。どんな戦略が一番適切かは、あなたの実際の状況によるのだから」と念押ししている。

家賃収入を得たいのか、不動産売却で差額をかせぎたいのか。短期間で利益を得るのか(「すぐにでも仕事をやめたいのか」)、長期間待てるのか。どれくらいの現金を投入できて、どれくらいのローンを組むことができるのか。リスクはどの程度取れるのか。それによって戦略はちがうからだ。

著者は多くを語っていないが、この前読んだ『これからパンローリングの投資本を読む人へ』では、投資によって実現したいゴール、取ることができるリスクを踏まえて、戦略を定めることがなにより重要であることを強調していた。

投資を通してどんな人生を実現したいか。すべての投資において、まずは答えなければならない。

 

戦略が一段落したところで、もっと細かい話に入っていく。ここから先は法規制や商習慣などもさることながら、「もしかするとイギリスと日本とでは不動産投資についての考え方そのものが違うかもしれないな?」ということが増えていく。

たとえば不動産投資の活発度。イギリスでは日本よりも不動産投資の人気が高いように思う。専用のウェブサイト、エージェントなどが充実しており、不動産物件のオークションをメインとするテレビ番組もある。著者いわく、テレビ番組のせいで「オークション物件はお得」という間違ったイメージがひろがり、素人参加が増えた結果、落札価格がだんだん押し上げられてきたという。なんならオークションのあとに売れ残った物件(「たとえば、その日重要なサッカーの試合があって、オークション参加者が少なかったときとかね。まじめな話」)をねらってみるのも悪くないらしい。また、オークションにかぎらず、中古の不動産物件は必ず売りに出されている理由をつきとめること、ともアドバイスしている。

たとえば返済方法。著者はインフレーションを前提に元本返済よりも利子のみ返済のほうがよりメリットを得られるとしているけれど、経済停滞が長い日本社会で、インフレーションを前提として投資計画をたてるのはあまり適切でない気がする。

たとえば融資可能額。お金の貸し手は不動産価値と家賃収入見込みを両方考慮したうえで融資可能額を決めると著者は言うけれど、日本の商習慣でも果たしてそうなのか、素人の私にはまだわからない。

日本のサラリーマン大家がサブリースや家賃保証をよく利用しているが、サブリースがうまくいかなくて借入返済ができなくなることが頻発しているというテレビ番組を見たことがある。一方著者は「どうやって入居者を探すか」についてはあまりふれていない。イギリス、とくにロンドンでは賃貸物件の需要数が供給数よりもはるかに多い(このため大家が強気になりすぎてトラブルが絶えない)と聞いたから、あまり気にしていないのかもしれない。

また、リノベーションやら物件管理やらについては、日本のように不動産会社を通すのではなく、みずからインターネットサイトで業者を探すこともできるらしい。著者はエージェントを利用することの利点を認めつつも「自分でやることもできる」と書いていることが多い。この辺りは不動産会社を通すことが前提となっている日本の商習慣とかなり違うようだ。

 

イギリス不動産投資の "A to Z" が凝縮されたようなこの本は、イングランドウェールズでの不動産投資にはかなり役立ちそうだ(スコットランドは法規制が多少違うらしい)。「エージェントと仲良くしておけば非公開物件を紹介してもらえる」といってノウハウやライフハックの一部は、日本で不動産投資をするときも充分役立つだろう。たとえ不動産投資をする気がなくても、イギリスらしく、洒落、ユーモア、冗談、愛嬌をこめて不動産投資のあれこれを体験談をまじえて語る本書は、読みものとしてもなかなかいいと思う。

ちなみに、著者は最後にブラックユーモアをこめて「ぼくはこの本で、読者であるあなたが行動を起こすチャンスをすこしでも高めようとあれこれ書いたけれど、この本を読んでも、ほとんどの人は実際に不動産投資を始めないだろうね」という意味のことを書いている。

「まあほとんどの読者はこの本の内容を役立てることはないだろうけれど、やってみたら人生によい影響を与えると思うよ」というひねくれぐあいはいかにもイギリスらしい。読みものとしてもおもしろいし、実際に不動産投資をしてみてはじめて、この本がどれほど役立つかを実感できるだろう。