コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

【おすすめ】歴史好き必読のスペースオペラ〜田中芳樹『銀河英雄伝説』

 

銀河英雄伝説全15巻BOXセット (創元SF文庫)

銀河英雄伝説全15巻BOXセット (創元SF文庫)

  • 作者:田中芳樹
  • 発売日: 2017/10/12
  • メディア: 文庫
 

【読む前と読んだあとで変わったこと】

  • 専制政治と民主共和制度のそれぞれのメリット、デメリットについて深く考えるきっかけとなった。
  • 現代社会であたりまえに起きていることーーたとえば新型コロナウイルス感染爆発のような緊急時にここぞとばかりに文句ばかり言う、偽専門家の発言をうのみにする、逆に自己犠牲を美談にしたてて宣伝するなどーーの奇怪さについて、批判的に考えようという気になる。

 

緊急事態宣言で自宅篭りが続いているから、ストレスを解消するために『銀河英雄伝説』シリーズを一気読み。

作者の田中芳樹は、医学部卒業後に小説家に転身した歴史マニア。とくに中国歴史に詳しい。この『銀河英雄伝説』も、銀河を縦横無尽に駆けぬける英雄たちを主人公にしながら、「すべては歴史の一部である」冷静な視点を失わない。

 

物語の舞台ははるか未来。人類が銀河系の星々を渡り歩く科学技術を得たころ。地球は古い故郷として後にされ、銀河に散る人類は二つに分かれた。

ひとつはルドルフ・フォン・ゴールデンバウムを始祖とする、専制君主たる皇帝に支配される銀河帝国

もうひとつは銀河帝国から逃亡した民主主義者アーレ・ハイネセンらが築いた、民主共和制度をかかげる自由惑星同盟

銀河帝国自由惑星同盟は長年にわたり、戦争状態にあったが、どちらかがどちらかを圧倒することができないまま、いわば膠着状態に陥っていた。数百年の時間が流れるうちに銀河帝国の貴族階級は腐敗し、自由惑星同盟もまた建国の理念を忘れかけて、選挙のために戦争を利用する政治家と、それに群がりおこぼれにあずかろうとするジャーナリズムたちの巣窟になり果てていた。

やがて、銀河帝国自由惑星同盟に、それぞれ用兵の天才が現れる。貧乏貴族出身で姉を後宮におさめられたゆえに銀河帝国皇帝に恨みを抱く「生意気な金髪の孺子」、二十歳のラインハルト・フォン・ローエングラムと、無類の歴史好きでありながら歴史家ではなく職業軍人になってしまった「いやいや軍人」、二九歳のヤン・ウェンリーである。

二人の天才用兵家がぶつかりあい、戦争、革命、謀略、逃亡、流血、裏切、暗躍、犠牲を増やしながら、銀河帝国自由惑星同盟の軍事バランスがすこしずつ崩れていく。

ラインハルトが目指した清廉な専制政治

ヤンが体験した腐敗した民主共和制度。

いずれをとるべきか、あるいはとらないべきかという問いを読者に投げかけながら、ラインハルトは自由惑星同盟との絶え間ない戦火をくぐりぬけつつ打倒銀河帝国を誓い、ヤンは銀河帝国との戦争に知力の限りを尽くしつつ腐敗した自由惑星同盟政府をきらう。それぞれ自由にはばたくことがかなわないながらも、最善と信じる道をよろめき歩んでいく。

一方で、経済面に食いこむことで銀河帝国自由惑星同盟を裏から操っていた第三の勢力、フェザーン自治領ルビンスキーが動き出す。その後ろには、かつての栄光を取り戻さんとする「地球教」総大主教の影がうごめいていた…。

 

銀河英雄伝説』の物語は、ラインハルトとヤンがのぞむ会戦から始まり、両雄が役割を終えたところで終わる。

彼ら自身が魅力的なのはもちろん、彼らのまわりをさまざまな魅力ある人物がとりまくが、容赦なく痛い事実を突くという性格の者が多い。作者が登場人物の口を借りて、伝えたいこと、書きたいことを遠慮なく書いている。

「そう、同盟軍は敗れた。よって英雄をぜひとも必要とするんだ。大勝利ならあえてそれを必要とせんがね。敗れたときは民衆の視線を大局からそらさなくてはならんからな。エル・ファシルのときもそうだったろうが」(1巻『黎明篇』、アレックス・キャゼルヌ)

「もうすぐ戦いが始まる。ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなくては意味がない。勝つための計算はしてあるから、無理をせず、気楽にやってくれ。かかっているものは、たかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利にくらべれば、たいした価値のあるものじゃない……それでは、みんな、そろそろ始めるとしようか」(2巻『野望篇』、ヤン・ウェンリー

「生きている奴らは、きさまの華麗さに目がくらんで、ヴェスターラントのことなど忘れてしまっているだろう。だが、死者は忘れんぞ。自分たちがなぜ焼き殺されたか、永遠に憶えているぞ」 

「きさまら権力者は、いつもそうだ! 多数を救うためにやむなく少数を犠牲にする、と、そう自分たちを正当化するんだ。だが、きさまら自身かきさまらの親兄弟が、少数のなかに入っていたことが一度だってあるか!」(9巻『回天篇』、名もなき男)

これら名言と呼ぶべきセリフだけではなく、物語のうちに、専制政治の善悪、民主共和制度の善悪、腐敗した社会制度への批判、戦争における戦略と戦術などが挟みこまれているのが、この小説のもうひとつの特徴だ。

また、物語の途中で「後世の歴史家はこのできごとをこのように評価した」「登場人物は状況をこのように理解していた」という形で、理論立てた説明や議論が入り、そのために物語がなかなか前に進まなかったりする。たとえばヤン・ウェンリーの物語が一段落したところで、彼に対する「後世の歴史家」の評価がこういう調子で数ページもつづく。

ヤン・ウェンリーが強欲さにとぼしい人物であったことは、彼に非好意的な歴史家でも認めざるをえない事実である。いっぽう、彼に好意的な歴史家でも、彼がより多くの味方とより多くの機会をえようとしなかった一種の消極性に言及せざるをえない。

物語の筋を追いたい読者にとってはまどろっこしいし、今読んでいる部分が現在の話をしているのか、それとも「後世の歴史家」による評論か、一瞬判断に迷うときもあるけれど、政治論・歴史論についてはいろいろ考えさせられるし、登場人物をより客観的に、より深く掘り下げるためにとても参考になる。

 

銀河英雄伝説』の魅力のもうひとつは、しっかりとした物語構成、戦争と政治闘争(議会での激論からテロリズムまで!)どちらもバランスよく盛りこんだ展開だ。

作者が中国歴史にくわしいためか、中国歴史にたびたび出てくることがストーリーのうちに見られ、それが物語中での政治闘争に説得力をもたらしている。なにしろフィクションながら現実のノンフィクションを参考にしているのだから、現実味がすごい。

たとえば覇王とNo.2たる右腕部下の複雑な関係。中国歴史では、先代王朝を武力革命により滅ぼした者が、部下に寝首をかかれて成果をかっさらわれることがたびたびあった。逆にこれを警戒し、革命成功後にまっさきに有力な部下を粛清することが慣例になるほどだった。このことをふまえてか、小説中でラインハルト陣営のオーベルシュタイン参謀長は「No.2不要論」をぶちあげ、ラインハルトにどれほど疎まれようとも怯まずあらゆる防止策を打った。

たとえば無能なトップと有能な部下の関係。中国歴史では、名将が戦場で勝っているにもかかわらず、その成果を嫉妬した大臣が皇帝にないことないこと吹きこんで猜疑心を起こさせ、名将を交代させたり追放粛清したりした結果、戦争に負けることがあまた起こった。小説中では自由惑星同盟きっての名将であるはずのヤン・ウェンリーが、その名声と実力を警戒した自由惑星同盟政府にたびたび足をひっぱられ、査問を受けさせられ、不当な扱いをされていた。

ちなみに、この小説を「新入社員必読」という人もいるらしい。職場で出会うさまざまなタイプの上司を小説の中で見つけることができるからだという。なるほどすぐれた上司になりそうな登場人物もいれば、「こいつの下にだけはつきたくない」という奴もいる。ブラウンシュヴァイク公爵とか。(なんで彼にあらゆる意味で「いい性格をしている」アンスバッハ准将のような部下がついたんだろう......)

 

歴史好き、SF好きにはぜひ読んでほしいと、自信をもって薦められる小説だけれど、気になることもあった。

この小説は歴史の流れを強調しすぎるように感じた。登場人物の喜怒哀楽が、「この人物がこう行動して、それは歴史にこういう影響を与えた」後付け説明のためにばかり使われているように感じる。自然に湧き上がってきているはずの情感に、どこか不自然さを感じる。まるで、あらかじめ定められた物語を進めるために登場人物がそう「感じさせられた」かのような、後味の悪さがある。

この後味の悪さは、登場人物が鋭すぎる先読みをしたときにも感じられる。第4巻『策謀編』冒頭で、ある登場人物が歴史知識と当事者の性格への理解だけでこれから起こりそうなことをほぼ正確に言い当てていたけれど、「いやいや、さすがにこれは鋭すぎるでしょ」と引いてしまう。チェスの先読みじゃあるまいし。

計算されつくしたかのような情感の動きを見せられつつ、後味の悪さを抑えて小説を読み進めると、作中たまにでてくる自然な情感にぶつかったときに、またもやとまどう。

作中屈指の重要人物であるラインハルトの姉、グリューネワルト伯爵夫人アンネローゼの登場シーンになると、毎回、なんだか食べ合わせが悪いものを口にしたような気分になった。アンネローゼは平民出身でごく普通の感性、自然な情感の持ち主で、それは皇帝の後宮に納められたあともまったく変わらなかったのだけれど、それが『銀河英雄伝説』では悪目立ちしてしまう。自然すぎ、変わらなすぎる。

歴史はそういうものなのかもしれない。後世の人々はそのときどきの行動から「この時この人はこう感じていたのだろう」と後付けするしかないのだから。歴史小説としてはそれでいいのかもしれない。だが、行動と情感がちぐはぐで一貫性がなく、矛盾した行動や情感についての説明もあまり説得力がなく、結局、物語の流れありきだと感じさせられるところも多々あった。

そもそも全10巻にまとめるには長すぎる物語だったのかもしれない。たとえば全15巻であればもっと言葉を重ね、もっと説得力をもたせることができたかもしれない。『銀河英雄伝説』を読み終えて、それが心残りだった。