コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

山岳文学の珠玉〜萩原浩司『写真で読む山の名著』

登山、自然、歴史などにまつわる名著を出し続けているヤマケイ文庫から編集長自ら「山好きな方なら最低限知っておいてほしい」と思う17冊を厳選し、写真付きで紹介したのが本書。巻末に33冊のヤマケイ文庫紹介がおまけされ、全部で50冊の文庫紹介となる。

 

孤高の単独登山者、加藤文太郎が残した遺稿をまとめた『単独行』、数々の初登攀記録を打ち立てた松濤明の遺稿集『風雪のビバーク』などは、「引き返そうか」「なぜ自分はここにいるのか」と自問自答しながらも、ひたすら山に挑戦し続けたアルピニストの心のうちを伝えてくれる。ことに松濤明は遭難死しているが、遭難に至るまでの壮絶な手記を残している。死を受け入れ、凍死間際まで意識があるさまがカタカナで書き記され、涙を誘う。

 

山奥の湖、頂上から眺める絶景、秋の紅葉に染まる山肌など、山の美しさを文章にとどめる文学も数多く紹介されている。串田孫一のエッセイ集『若き日の山』には、レンズ状の雲がいくつか重なったような形の雲が出てくる。山谷に風を運ぶこの雲は、イタリアで「風の伯爵夫人(コンテッサ・デル・ヴェント)」と呼ばれるという。なんと素敵な言葉。

 

美しいだけではなく、山は峻烈な一面を登山者に向ける。松田宏也『ミニヤコンカ奇跡の生還』は、山岳遭難史上、最も酷烈な生還記録だといわれる。発見されたときは重度凍傷、敗血症、厳重脱水、急性胃穿孔、腹膜炎、小腸劇性潰瘍出血……など15もの病名がつく状態で、両手指全切断、両足切断となった。それでも彼は義足でリハビリを続け、やがて山に復帰したというから、どこまでも山に魅せられていたのだろう。モーリス・エルゾーグ『処女峰アンナプルナ』は、ヒマラヤ山脈の一角、挑戦者のうち死亡率40%近くをたたき出しているアンナプルナに初登頂したときの記録。

 

登山に興味ある人も、ない人も、登山家たちが極限の中で山と向き合い、己と向き合い、人生そのものに向き合う物語には魅力を感じるだろう。外出自粛がつづく週末に、気分だけでも、自由に山岳をさまよってみてはいかがだろうか。