コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

ワクチン反対派はなぜ生まれたか〜P.オフィット『反ワクチン運動の真実: 死に至る選択』

 

反ワクチン運動の真実: 死に至る選択

反ワクチン運動の真実: 死に至る選択

 

私はワクチン賛成派だ。ワクチンに限らずすべての医薬品は副作用を引き起こすリスクがあることを承知したうえで、麻疹や風疹や破傷風狂犬病で死ぬくらいなら、ワクチンを打つほうが何倍もマシだと考えている。だがそれはもちろん、ワクチンが副作用をもたらす可能性がじゅうぶん低い(と私は考えている)からこそだ。たとえば100人に1人の確率で後遺症が残るなどといわれたら、私はワクチンを打つことをためらうだろう。

本書でとりあげた人々は、まさにワクチンへの恐怖にとりつかれた人々である。ワクチンを打つリスクの方がメリットよりも高いと判断し、自分自身や子どもたちへのワクチン接種を拒否しただけではなく、まわりの母親たちにもワクチンを接種しないように説得してまわり、政府にワクチンを任意接種にするよう働きかけた人々だ。

本書は原書タイトル「Deadly Choices - 死に至る選択」からわかるように、ワクチン賛成派の立場から、反対派の運動を一つ一つ検証し、その主張には科学的根拠が欠けることを主張する。たとえば脳損傷、けいれん、知的障害などの後遺症が実際に特定のワクチン(百日咳ワクチン)によって引き起こされる科学的証拠はなく、逆に、これらの疾患が百日咳ワクチン接種後に有意に増えているわけではないという証拠は豊富にあるのに、反対派はそれを無視して、百日咳ワクチンの接種をやめさせようとしている、というのだ。

著者はワクチン由来の後遺症がまったくないとは言っていない。いくつかのワクチンについては、科学的検証の結果、まれに重篤な後遺症を引き起こすことがわかったと率直に認めている。だがワクチン反対派は、科学的根拠があるワクチン後遺症だけではなく、科学的根拠がないワクチンについても騒ぎ立てている。それこそが問題だというのが著者の主張だ。

ワクチンへの恐怖、その恐怖に基づいた選択、その選択の結果起こっていること、そしてそれに対する抗議の声がこの本のテーマである。

 

日本国憲法ではさまざまな自由が保証されているが、必ず「公共の福祉に反しない限り」というただし書きがつく。

日本国憲法を起草したのは当時日本を支配していたアメリカだが、アメリカでは公共の福祉のひとつとして、公衆衛生を守るためのワクチン接種があげられる。ワクチンを接種しない自由は保証されない、強制接種するための法律をつくることは許される、というわけだ。

だが本書には、80年代前半に一本のドキュメンタリー番組をきっかけに巻き起こった猛烈なワクチン批判を受けて、アメリカのかなりの州がワクチンを強制接種ではなく任意接種に切り替え、ワクチン会社は莫大な賠償金をおそれてワクチンから手を引き、80年代終わりにはワクチン供給が枯渇しつつあったことが書かれている。アメリカ政府は接種被害者救済制度を設立することでワクチン被害補償を肩代わりし、かろうじてワクチン製造会社を救った。

アメリカから先んじて、イギリスでもワクチン後遺症なるものが研究され、被害をこうむったと信じる親たちが訴訟を起こした。だがイギリスではワクチン反対派がアメリカよりもずっとはやく敗訴した。裁判を担当した判事が、「ワクチンにより異常が起こった」のか、「ワクチンを打ったあとにたまたま、もともとある異常が見つかった」のか、くわしく調査して、ワクチンによって異常が増えた証拠はみつからないと結論付けたからだ。

スチュアート・スミスは時間的関連ではぐらつくつもりはなかった。サミュエル・ジョンソンを引用して「私が恐れるのは、他の人を差し置いても医者が、連続して起きただけのことを因果関係があると間違うことである」と述べ、そして詳しく論じた。「百日咳ワクチンを打った場合と打たない場合の両方で起きうる、深刻な神経疾患や永続的な脳の損傷などの所定の影響が、ワクチンが原因か否かという判断、もっと正確に言えばリスク要因かどうかは、その病気の自然発生率を考慮してはじめて可能となります。ここで問うべきは、こうした影響は百日咳ワクチンの接種後に偶然起こるよりももっと頻繁に起こっているのかどうかです」

だがこういう理屈は、恐怖にとりつかれ、疑心暗鬼になった親には聞き入れられないだろう。どれほど説明されても不安は消えず、それどころかどんどん大きくなるようでは。

親が子どもに予防接種をしようと決める時、ある要素がカギを握っている。信頼だ。親がワクチンを打たないという選択は、ワクチンを研究調査し、認可し、推奨し、管理する人々、具体的に言えば、政府、製薬会社、医師を信頼しないという選択だ。

 

ワクチン反対派への批判を読んだからには、ワクチン反対派が書いた本も読んでみるべきだろうと思い、それらしきタイトルの本を適当に選んだ。内容はだいたい予想通りだった。インフルエンザワクチンに効果はない、とある大規模調査にもそのことは現れている、なのに国がワクチンをすすめるのは政治的判断だ、鵜呑みにしてはいけないーーこんなところだ。

ちなみにインフルエンザワクチン反対派の本でほぼ必ず参照される「前橋レポート」は、いろいろ不備があると解説しているサイトもある。

インフルエンザ予防接種について: 前橋レポートの中身(接種の有無による罹患率の差)

この本は「インフルエンザ・ウイルスとは、これからも共生していけばいい。私はそう思っています」という言葉で結ばれるが、著者は、インフルエンザではないけれどワクチンのない新型コロナウイルスが先進国を含めた世界中で猛威をふるい、肺炎患者が大勢入院して医療崩壊寸前になり、死亡率2〜3%がたたき出されている、この現実をどう思うのだろう。