コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

タイトルからすでに親にとってはどこか他人事〜押川剛『「子供を殺してください」という親たち』

「子供を殺してください」

って、民間移送業者(病識がないため医療機関に行きたがらない精神障害者を病院につれていくお仕事)を前にして口走るか?

タイトルを見た第一反応はこれ。

読み進めるにつれて、こういう言葉を口走るほど、当事者が追いつめられていることが嫌というほどわかる。第一章のドキュメントに登場するのは、万引きを繰返す統合失調症患者、父親相手に刃傷沙汰を起こしたアルコール依存症患者、家庭内暴力を繰返す患者……と、いずれも「このままだと殺すか殺されるかしかない」と、思いつめた家族が、著者が経営する精神障害者移送会社の事務所を訪れる。

だが、この本が真に言いたいのは、「家族は無辜な犠牲者などではないこともある」ということだ。

この本、裏側の内容解説に「究極の育児・教育の失敗ともいえる事例」という言葉が登場するが、著者のところにやってくる頃には、問題行動を起こす子供の親も万策尽きており、親自身が治療やカウンセリングを必要とする状態にあることも少なくない一方、「この親にしてこの子あり」という言葉が思い浮かぶような親も(著者はなるべく言葉を選んでいるが)確かにいる。

たとえば第一章には家庭内暴力を繰返す男性が登場するが、この男性は幼い頃から暴力的傾向があり、母親もあらゆる専門機関に相談してきたものの、「自分の納得いく病名を子供につけるために必死になっている」と著者には感じられた。いつのまにか、子供のためではなく、自分の子育てと責任から目をそらすために、母親は行動するようになっているのではないかと。父親はすでに亡くなり、遺産や年金などで母親が何不自由ない生活をしながら、息子と同居してお金を与えていることも、著者には「共依存」に思えた。息子が入院したら母親は安心しきり、対応をもうひとりの子供にまかせきりで放置。息子が退院するかもしれないと聞くなり半狂乱になり、「生涯入院させてくれないならいっそ殺してくれればいいのに」と口走る。どこまでも自分自身しか見ていない母親の姿に、著者は、子供の人格が荒廃した理由を見たような気がしていた。

子供がいつ、どんな行動をしたか、思い出して記入することができますか。問題行動が起きたのはいつ頃で、どんなことだったか。そのとき自分は、一体何に心を奪われ、何を中心に生活していたか。おそらく、子供のことよりも優先していた「何か」があるはずです。それを子供の問題行動と照らし合わせてみると、内容、時期とともに、自らの人生とリンクしているものが見つかるのではないでしょうか。

また、自分が何にどんな価値観を持ち、生きてきたのかを考えてみると、子供の言動と一致するものがあることが分かるはずです。特に「人」「物」「金」といった事柄に対する価値観は、親の背中を通じて子供に色濃く受け継がれるものです。

一方著者は、日本の精神保健制度の不完全さ、限界についても、実体験からさまざまな問題提起をしている。3ヶ月以上入院することが難しい医療報酬制度になっている、医療機関や保健所が比較的対処しやすい患者しか受け入れたがらず、本当に自傷他傷の危険性がある患者は対処が難しいとして受け入れたがらない、保護者専任制度が撤廃されたから家族のひとりが入院させたがっていてもべつの家族が退院請求できるようになった、など。

精神障害者知的障害者身体障害者ともちがう。第三者がいるところではそれなりに落ち着いてみえたり、調子が良ければ社会活動もできたりする。異常性や暴力性が家族にのみ向けられる場合は、医療機関につなげることも難しい。一方、精神障害者が事件を起こすたびにーー最も有名なのが大阪教育大学附属池田小学校で起こった無差別児童殺傷事件だろうーーまわりから白い目で見られるし、親はますます心配になる。

どうすればいいか?

著者は、精神障害者の問題の多くは、親と子供が真剣に向きあえば、前に進む道がひらけるものだと書く。だが、第一章に登場する親たちの多くは、子供と真剣に向きあうことがほんとうに理解できないか、やろうとしない。子供は親の背中を見てここまで育ってきたのであり、子供の問題行動のうちかなりの部分は、実は親自身の行動をなぞっているだけ、という事実を受け止めることができないからだ。ならいっそこのまま精神障害者の被害者ぶることで同情を買い続けるほうがよい。深層心理ではそう感じているのかもしれない。

親になったからこそ、私は「子供と真剣に向きあうとはどういうことだろう」と、常に考えている。最悪ケースを見せつけられるこの本を読むのは苦痛だけれど、子供と真剣に向きあうことを、考えるためのヒントもまたふんだんに与えてくれる本だ。