コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

美味しいエッセイをめしあがれ〜米原万里『旅行者の朝食』

旅先でのごはんは、海外・国内問わず旅行の楽しみのひとつで、美味しいものをつづったエッセイを読むとそれだけで現地までとんで行きたくなるけれど、本書はまさにそれ。

お菓子好きのわたしとしては、本書に登場するハルヴァを食べてみたくてしかたがない。中央アジア、近東さらにバルカン半島イスラム圏で食べられている甘いお菓子で、イランが発祥地。専門職人がたっぷりの砂糖と蜂蜜、ナッツ、香料などを丹念に泡立てて、「空気のように軽くて抵抗のない」絶品菓子を作る。北アフリカではさらにヌガーに似たお菓子をハルヴァという名前で呼んだりするが、似て非なるもの、最良のハルヴァはいまではイラン、アフガニスタン、トルコに残るのみ。

ロシア語同時通訳の第一人者である著者のすごいところは、このハルヴァというお菓子から壮大な文化的掛橋を展開してみせるところ。著者がトルコ蜜飴というものに出会うのは『点子ちゃんとアントン』というドイツ児童文学で、トルコ蜜飴を実際に食べるのは両親の仕事の都合で移り住んだチェコスロバキアの首都プラハ。こっちの方が美味しいわとハルヴァを持ってきてくれたのは、ロシア人の級友イーラ。たった一口食べたハルヴァの美味しさが忘れられずにウズベキスタンとモルダビアで似たお菓子を賞味し、やがてイーラのハルヴァの味を友人のギリシャ土産で再び見つける。美味しいハルヴァを忘れられずに探しまわる著者と友人たちの足跡に、壮大なイスラム圏文化が重なる。

そして、ヌガーとトルコ蜜飴とハルヴァと求肥落雁ポルボロンは血縁関係にあることをも確信した。これを思う時、古代から中世にかけて、ユーラシアの大地がさまざまな遊牧民や商人たちによって繋がっていた情景が浮かぶ。プラハの学校で、多民族の学友たちがハルヴァに舌鼓を打った光景は、その延長線上のひとつのエピソードにすぎなかったのだ。

本書のタイトルにもなった「旅行者の朝食」は、旧ソ連時代の缶詰の名前。著者はとても控えめに「一日中野山を歩き回って、何も口にせず、空きっ腹のまま寝て、その翌朝食べたら、もしかしたら美味しく感じるかもしれない」と書いているが、ようするにクソまずい。それを小咄好きのロシア人がネタにして、笑い転げているのだからたくましい。

ある男が森の中で熊に出くわした。熊はさっそく男に質問する。

「お前さん、何者だい?」

「わたしは、旅行者ですが」

「いや、旅行者はこのオレさまだ、お前さんは、旅行者の朝食だよ」

さらにさらに、同時通訳として諸外国を渡り歩くうちに日本食が恋しくてしかたなくなる著者らしく、好きな日本食についてのエッセイもたっぷり。東海林さだおさんの「丸かじりシリーズ」をこの本で初めて知った。海外駐在の日本人はお米とタクアンとさつま揚げとお寿司などの日本食を食べたくてしかたなくなり、ラジオを聞いたり、本を読んだりしては身悶えてしまうそうな。わたしは海外に数ヶ月滞在することになったとき、まっさきに本みりんとだしの素とインスタント味噌汁を荷物に入れた(お米と醤油は現地で手に入った)。

美味しいエッセイを、めしあがれ。