コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

すぐそこまできている未来〜日高洋祐他『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。現在進んでいる「全産業のゲームチェンジ」は既定路線であり、なにが起きているのか、自分が身を置く業界はどんな影響を受けるのか、それを見越してどのような準備をするべきなのか、それを知るためにこの本を読む。

MaaS(Mobility as a Service :「マース」)とは、国土交通政策研究所が出している資料によるとこう。

MaaS は、ICTを活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を1つのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ新たな「移動」の概念である。

ひらたく言えば、マイカー以外の航空機、鉄道、バス、タクシー、レンタルカー、レンタルサイクリング、さらにカーシェアリング、駐車場等まで含めて、一つのプラットフォーム(たとえば専用アプリ)でルート検索、予約、決済、利用をすべて済ませてしまおうという考え方だ。利用者は自宅玄関で送迎車を待つ(あるいはレンタカーで家を出る)だけでよい。鉄道駅や空港に着いたら予約済駐車場で車を降りて駅に入り、アプリ画面を見せて乗車・チェックイン。到着後はタクシーカウンターに並ぶ必要などなく、そのまま配車されたタクシーに乗りこんで目的地に行けばよい。すばらしい。

利用者側としては満足できるサービスだが、サービス提供側とすればビジネスチャンスでありながらビジネスリスクでもある。たとえば本書で紹介されている例を見てみよう。

スイス国鉄のチャレンジングな試みは、マイカーを"所有"せず、環境にも優しい全く新しいライフスタイルを提示したものである。日々の快適な鉄道による移動が約束され、なおかつ、最新のEVが維持管理費を負担せずに利用でき、鉄道駅の駐車場利用も保証されている。これらの利用や決済もネットですべて完了してしまう。スイスにおけるMaaSの取り組みは、先端を走る欧州の中でも1歩も2歩も先を行ったものである。

たったこれだけの説明でも、ビジネスチャンスとビジネスリスクがごろごろしている。

  • イカーを所有しない(車販売台数が減少すれば自動車業界、鉄鋼業界、エネルギー業界などに打撃)
  • 環境に優しい(電気自動車や無人操縦車の利用。自動車業界やIT業界にとっては技術開発面でチャレンジ。エネルギー業界にはチャンス)
  • 全く新しいライフスタイル(外出が増えればあらゆる業界にとってチャンス)
  • 利用や決済もネットですべて完了(プラットフォームをめぐって熾烈な競争)
  • もちろん裏では保険、投資資金、債務証券化などをめぐってさまざまな金融機関がマネーゲームを繰り広げる

いますぐ思いつくのはざっとこんなところか。

本書ではさまざまな国家でのMaaS導入試験が紹介されている。政府主導もあれば民間企業主導もある。「所有から利用へ」をキーワードに、統合・効率化でさまざまな利点があり、都市自体がMaaSをベースにデザインされるようになるかもしれないと結ぶ。

便利になる一方、そういえば、と気になった。

システムの分野では冗長性という言葉がある。必要最低限に加えて余分なもの、重複するものをあえてもっておくことで、万が一事故があったときにすぐに復旧できるようにすることだ。たとえば普段夫しか車を運転しないのに、夫婦それぞれがマイカーをもっている家庭。夫の車が故障したときに急用があれば(なぜかそういうことはよく起こる)、妻のマイカーを使うことができる。あるいは有名どころでは首都圏のJRと京浜急行。JRが遅延すれば振替輸送京浜急行を使用できる。

MaaSでは効率化や統合化が強調されているけれど、効率化とはつまり無駄が削られることであり、それは、いざというときのバックアップである余分なものや重複するものまで捨ててしまうということだ。つまり、MaaSシステムがダウンすれば、復旧までに時間がかかる。そこまで考えてMaaSと都市を設計する必要があるのではと思う。

東日本大震災のとき、交通機関が壊滅して、歩いて帰宅しなければならない人がたくさんいた。MaaSシステムがダウンした都市でもそうならないように、ある程度のバックアップは必要。そんなことを思った。