コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

人工知能の可能性について、世界最大手のIT企業のトップが考えていること〜リ・ゲンコウ『智能革命』

本書は中国最大の検索エンジンであるBaidu(百度)創業者、会長兼最高経営責任者である李彦宏/リ・ゲンコウ、ロビン・リーが、みずからが考える人工知能の来し方行く末についてまとめた本。

共同執筆者に陸奇/ルー・チー(執筆当時のBaidu最高執行責任者、現在はスタートアップインキュベーターMiraclePlus代表)、劉慈欣/リュウ・ジキン(SF小作家。ベストセラー『三体』シリーズの著者)を迎え、さらにはBaiduが開発した人工知能百度大脳」まで執筆に加わるという試みがなされているのが面白い。邦訳は出ていないから、中国語原文で読んだけれど、クラウドファンディングで邦訳を出そうとする動きもあるらしい。

中国・百度 創業者が描くAI・自動運転の未来、書籍「AI革命」を翻訳出版 | レスポンス(Response.jp)

 

一読したところ、まるで著者とさし向かいになって、月明かりを肴に美味なお酒(またはお茶)をちびちび味わいながら、古今東西人工知能についての歴史、進展、今後の展望について、ほろ酔いかげん、つれづれなるままに縦横無尽に語りあかしたものをそのまま一冊の本にしたよう。

著者のロビン・リーはインターネット黎明期からIT産業にかかわり、また、かなり早いうちから人工知能に注目していたというから、話題も多彩だ。画像認識技術から無人運転機械学習からディープブルー(チェスの世界チャンピオンを破った人工知能)、投資コンサルタントのAI版までなんでもござれ。

著者自ら、大学時代からコンピュータハードウェアにはあまり興味をもてなかったと言っており、本書でも量子コンピュータなどのハードウェアの話題は少なめ。逆に人工知能機械学習ビッグデータなどについては話題が尽きない。

ときには著者の愛国心が顔を出す。中国がインターネットや人工知能に政府の威信をかけて取り組むことを自慢げに語り、かならずや素晴らしい成果を得られるだろうと満足げにうなずく。競争相手のGAFAGoogle, Apple, Facebook, Amazon)があげた成果を称賛しながら「わが百度もこの領域ではどんどん前進している」とつけたすのを忘れない。GAFAの成果は具体的製品名まであげるのに対して、百度の前進については、奥歯にものがはさまったようなあいまいな言い方をしているのが物足りないが、企業秘密もあるだろうから仕方ないところ。この辺り、著者の人間味が感じられて面白い。

良くも悪くもロビン・リー個人の考え方が濃厚に出ているので、

人工知能がもつ能力を判断する、あるいはシステムが『本物の』人工知能かどうかを判別する基準は変わっていない。人類がより多くを知り、成し、体験するのに役立つかである」(私訳、一部意訳)

という、深く納得できることも書いてあれば、

たとえば、医療分野と教育分野は人工知能を応用できるポテンシャルが非常に大きい。いずれも本質的にはデータの問題だからだ。レベルの高い教師も、長年医療にかかわってきた老医師も、その能力は経験(データ)の蓄積によるものである。将来的に我々は、機械にデータを自動分析させ、医師をサポートして個別最適の治療をしたり、教師をサポートして個性化教育を行うことができるようになるだろう。(私訳、一部意訳)

という、首を傾げたくなることも書いてある。医師や教師の場合、データだけではなく、ふれあい、思いやり、共感力といった「数値化できない」人間としての力も大切だと思うのだが。中国の医師の社会的地位は日本とは比べものにならないほど低く(ほぼ低収入の代名詞扱い)、教師の質低下(宿題丸付けなどを保護者に丸投げしている教師も多い)も問題視されるようになってきたので、ある意味国情に沿っているのかもしれない。

似たような話題は投資コンサルタントのAI版(著者によると、投資者個人のSNS含むあらゆるデータをAIが解析して、最適な投資計画を出力するサービス)でもでてくる。ロビン・リーは、個々人のSNSなどのビッグデータを解析することで、人間の投資コンサルタントによる聞きとり調査よりもよほど投資家本人にふさわしい投資計画を立てることができ、「コンサルタントの聞きとりのために時間と手数料をかけることが少なくなる」という。医師、教師、投資コンサルタント。彼にとって、これら人々とのコミュニケーションは、ビッグデータ解析で代替可能なのだ。

 

本書を読んでいると、面白いテーマが浮かぶ。

医師、教師、投資家などの専門家は、きめ細かく聞き取りをすることで顧客の要望を見極め、顧客個人にもっともふさわしいサービスを提供することで信頼を得ているわけだが、これはAIで代替可能だろうか? いますでに金持ちは専任投資顧問、専属医師、専属家庭教師を雇えるわけだが、それだけの人間を雇う金がない中流家庭は、同様のオンラインサービスを受けることができるだろうか?

もしイエスなら、歴史を通して繰り返されてきたことーーもとは一部特権階級専用だったものが庶民にも手がとどくようになり、爆発的に広がるーーが、これまでにないほどの大規模で起こることになるだろう。だが特権階級専用だったものが庶民にも広まるとき、質が落ちるのがふつうだ。たとえばイギリス貴族御用達のナニー(子守)の能力は、そこらの大学生がバイトでやるベビーシッターとは比べものにならない。人工知能はこの差をどこまで縮めることができるだろうか?

 

もう一つ面白いテーマも思い浮かぶ。

映画『ターミネーター』や東野圭吾の小説『プラチナデータ』ですでに描かれてきたように、情報時代の特権階級は【他人(国民)のデータを支配する】と同時に、【自身のデータはにぎらせない】ことを特権とするだろう。

情報時代では、【他人(国民)のデータを支配する】、すなわち支払いを含むオンラインサービスへのアクセスを許可したり遮断したり、個人情報を取得したり行動を追跡したりすることが、スターリンあたりがうらやましさのあまり墓地から黄泉返りそうな規模で実現出来る。すでに中国では刑事罰に「WeChatペイアカウント停止」を取り入れているという。キャッシュレス大国で日常生活のほぼすべてをWeChatペイなどの決済サービスですます中国では、現金決済のみの生活を強制されることそのものが刑罰となりうる。同じく中国で、顔認識機能を搭載した人工知能「天網」が道路交通監視のために実用化され、指名手配犯の逮捕、徘徊老人の身元特定、誘拐被害者の捜索に役立てられている。(「天網」の名前は「天網恢恢疎にして漏らさず」の故事成語から名付けたのだろう)

ターミネーター』ではスカイネットが自我に目覚めて人類を抹殺にかかったが、現実世界では、スカイネットのログイン権限をもつ者が、かつてないほどの強固な支配力をもつだろう。プラットフォーム構築分野で熾烈な競争が繰り広げられているのはこのため。データが集まるプラットフォームを制した者が、21世紀の覇権を制する。

 

これらはいずれも本書ではふれられていないが、ロビン・リーにかぎらず、GAFAからスタートアップ企業まで、危うさには気づいているだろう。

だがそれでも、ロビン・リーが本書で語る未来は魅力的だ。この魅力的な未来を実現し、享受するために、人々はさまざまなデータを対価としてさしだし、日常生活をさまざまなオンラインサービスに依存する。

わたしは性善説を信じない。どんなに人類発展のためを思って開発された技術でも、必ず、最悪の使い方をする人間が現れるだろうと思っている。人類の歴史を通して実例は腐るほどある。ダイナマイトはもともと土木工事用に開発されたもの、爆薬製造法はもともと化学肥料生産のために開発されたもの、という具合。原子力は言うに及ばず。AIだけが例外ではありえないだろう。だが、オンラインサービスが便利すぎ、逆にオンラインサービスを利用しないと日常生活が不便になりすぎるのもまた確か。

このようなことをつらつら考えると、無力感を覚えるから、わたしは今日も四六時中iPhoneを手にAmazonで買いものをし、GoogleやBaiduで検索をし、LINEやWeChatでメッセージをやりとりし、FacebookTwitterにアクセスして友達の投稿を読む。