コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

現状分かっていることを整理し、今後起こるかもしれないことを予測する〜花村遼、田原健太朗『新型コロナ 収束への道』

 

実は著者のひとりと面識がある。十年以上前のこと、向こうはとっくに忘れているはずだ。著書が出ることを近況で知り、面白そうだから買ってみた。

本書は現状分かっていることを整理し、今後起こるかもしれないことを予測するために書かれた。「アフターコロナ」の世界についてあまたの本や新聞記事やネット記事が洪水のように氾濫している中、著者らは「あらゆる未来予測は立案した機関のポジショニングによりバイアスがかかるものであるが、本書では極力それを排除するように努めた」と書いており、誠実さを感じる。

実際、本書にも書かれていることだが、新型コロナウイルスとその対抗策となるワクチン開発は、すでに情け無用の国際政治の舞台で、政治道具にさせられている。アメリカはコロナ発生源だと中国を罵倒し、中国はコロナが中国大陸発生ではないという宣伝に躍起になっている(中国国内向けにはすでに「武漢新型コロナウイルス感染が確認される直前に米中軍人が合同開催したイベントがあったが、その時アメリカから新型コロナウイルス武漢に持ちこまれた」と繰り返し報道しており、海外報道の視聴がシャットアウトされている環境下でそれを信じている中国国民も多い)。ロシアは秋頃にはワクチンを承認すると大言壮語し、アメリカ大統領選直後にファイザーがワクチン第3期試験完了を発表して「わざと発表を遅らせたのだ」とトランプ陣営から批判される始末。

本書では以下のように書いている。

2020年8月11日には大規模臨床試験前のワクチンがロシアで承認されたが、小規模な臨床実験しか実施しておらず、安全性・有効性に疑義が残る状態での承認となっている。そのため、ロシアの臨床研究組織協会からは承認の延期を求める声が上がっている。また、米国においてもワクチンの早期承認が大統領選挙の材料として利用される懸念があったため、それに対抗するように製薬企業が十分なデータなしに承認申請を行わない旨を声明で発表する事態となっている。

このような状況で、バイアスをかけずに新型コロナについて話すことはほぼ不可能であるが、本書ではかなり客観的にまとめられていると思う。ただ内容はそれなりに専門的であるため、峰宗太郎先生の対談を読んで下準備するくらいがちょうどいい。

 

本書はCOVID-19が人間社会にもたらした課題を3点に集約する。

我々はCOVID-19が人間社会にもたらした本質的な課題は、三つの点に集約されると考えている。それは、「医療資源の逼迫による局所的な医療崩壊」「いつ,どこで,が予測できない流行の拡大」「感染制御の方法が経済活動とトレードオフ」である。

ところで、なぜ「感染制御の方法が経済活動とトレードオフ」なのか、本書でも説明されているが、わたしなりにさらに深掘りすると。

  1. 新型コロナウイルスはヒトやモノを介して移動し、感染拡大する
  2. 感染制御するには、感染の可能性があるヒトやモノが他地域に移動するのを止めなければならない
  3. ヒトに限っていえば、無症状あるいは軽症状者が8割を占め、医学的検査では特定不可能
  4. モノに限っていえば、ウイルスが付着している可能性がある表面をすべて検査するのは現実的ではない
  5. したがってヒトもモノも、少しでも感染の可能性があれば移動を止めなければならない
  6. ヒトやモノの流れが滞れば、貿易をはじめとする経済活動が停滞する

だいたいはこの理屈だと思う。

ここで注意すべきなのは、ウイルスに感染しているヒトやモノだけを効率よく特定することは不可能だという前提が置かれていること。だからある程度大きな集団(『本国国籍を持たない者』など)をまとめて足止めしなければならない。もちろん足止めされる集団のスケールが大きくなるほど、経済活動への影響は大きくなる。

だから「感染可能性のあるヒトとモノを効率よく特定する方法がまだないから、感染制御の方法は大規模集団の移動制限という粗いものにならざるを得ず、大規模集団の移動を制限すれば経済活動に支障がでる。ゆえに経済活動とトレードオフ」というのが、より全面的な説明になるかもしれない。

しかし、この前提を覆したのが中国。

中国では、ウイルスに感染している可能性があるヒトをかなり精密に特定して、全員隔離することで、感染拡大を防ぐことに成功している。どうしているのかというと。

  • 陽性診断されたヒトの個人情報と行動履歴を容赦なくウェブサイトで公開し、同じ交通機関に乗り合わせた者、同じレストランなどで食事した者に名乗り出らせる
  • 街中にはりめぐらされている監視カメラなどを通して濃厚接触者を特定する
  • 地元出身ではない者の氏名、個人ID番号、電話番号などが記載されたリストを各自治体担当者に配布して、地域間のヒトの行き来を監視させる

こんな具合にヒトの流れを厳しく管理している。個人情報の詳しさたるや、氏名以外は全部公開されると思ってよい。「某氏、男性xx歳、xx会社勤務、x月x日xx時にxx駅発xx行きの電車に乗り、xx駅で下車、xxレストランで食事」という具合。日本でこれをやらかしたらプライバシーの侵害として猛抗議されること間違いないが、中国ではここまで公開出来る。

とすると、さらに見えてくるのは、「ウイルスに感染しているヒトを効率よく特定することは、プライバシーの開示とトレードオフ」という事実である。

実は、このトレードオフは目新しいものではない。エボラウイルスがアフリカで大流行したとき、感染経路特定のため、医療スタッフは患者の家族や友人に聞き取り調査をしなければならなかったが、家族や友人がどこまで正直に話したかは人それぞれだ。エイズウイルスをはじめとする、性交渉で感染するようなウイルスだと、当事者の口はさらに重くなる。

公衆衛生のためにどこまで人権を制限するべきかーーこれはかなり重いテーマだ。本書では深くとりあげられていないし、そもそも著者らの専門分野外だが、個人的意見を聞いてみたいところ。

(また、感染爆発が起こっている国々を「国民の人権たる生存権をおびやかしている」と批判することがいかに的外れかもこれでわかる)

 

話がそれたが、本書では次のようにまとめている。

結論としては,いずれのシナリオにしても少なくとも2年、長期化すると5年もしくはそれ以上の期間にわたり、グローバルレベルでの移動制限や行動制限などの措置を取らざるを得ない状態が続くだろう。その間、一部地域では感染が制御できるかもしれないが、集団免疫が獲得できていない以上、常に再燃リスクを抱えることになる。

ここを出発点として、本書の後半では、経済状況改善のシナリオをいくつか提示していく。いずれも劇的な経済状況改善は望めず、数年かけてようやく底が見えるだろうという内容。どのシナリオを信じるかは読者次第ということであろう。

わたしにとって読み応えがあったのは本書前半。新型コロナウイルスとその治療法・予防法についてよくまとまっていて勉強になる。後半の経済シナリオはどんどん仮定が積みあげられていくので、仮定が現実にどれほど近づくか、おそらく時間がたたないとわからない。参考として読むぶんにはちょうどいい。