コーヒータイム -Learning Optimism-

18歳のわが子に読書をすすめるために、まずわたしが多読乱読しながらおすすめを探しています。英語書や中国語書もときどき。

エネルギー社会の来し方行く末〜D. Yergin “ The New Map”

エネルギーについて学ぶための本。


なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。エネルギー、気候変動、大国間衝突について、現在の世界情勢をわかりやすくまとめてくれている。英語だけれど読みやすい。

本書はアメリカ、ロシア、中国、中東というエネルギー業界の主要プレーヤーについて、それぞれの最新事情、展望をまとめている。

副題は「エネルギー、気候、そして国家間衝突」となっているが、エネルギーとしてとりあげられているのはおもに石油と天然ガスで、再生可能エネルギーと気候変動はおまけのように最終章でふれられている程度。一方で「環境保護団体が石油採掘やパイプライン建造に猛反対して政治的妨害工作をした」話はアメリカを扱った章でわんさかでてくる。著者はなんらかの理由で気候変動をに入れたものの、実はそれほど関心がないような気がする。石油と天然ガス事情をメインに据えた本として読むべきだろう。

 

エネルギーは軍事・政治・経済面で覇権を握るためには必要不可欠。世界最大のエネルギー輸入国だったアメリカは、21世紀初頭のシェールガス革命・シェールオイル革命をきっかけにエネルギーの国産化に成功した。対照的に、中南米(メキシコやベネズエラ)は石油国産化にこだわって外国企業投資を締め出しているが、技術的難易度が高い石油産業を効率的に運用出来ずにいる。

Between the end of the Great Recession, in June 2009, and 2019, net fixed investment in the oil and gas extraction sector represented more than two-thirds of total U.S. net industrial investment. In another measure, between 2009 and 2019, the increases in oil and gas have accounted for 40 percent of the cumulative growth in U.S. industrial production.

グレート・リセッション(注: 2000年代後半から2010年代初めの大規模な経済的衰退の時期)が終わりを告げた2009年6月から、2019年までに、石油・ガス採取産業への純固定投資は、アメリカでの産業固定投資総額の2/3以上を占めた。別の数値によれば、2009年から2019年までのアメリカの工業生産高成長のうち、40%が石油・ガスのおかげだった。(私訳)

そのアメリカの競争相手であるロシアは、石油・天然ガスを戦略的利益の中核として位置づけ、主要供給先であるヨーロッパとの間にパイプラインを次々敷設し、近年では中国にもますます多くの石油・液化天然ガスを輸出している。

そして、石油・天然ガスを語るにあたって外せないプレイヤーが中東。中東の石油に注目が集まりはじめたのは、自動車、戦車、戦闘機、戦艦など「燃料を必要とする」マシンが主役になりつつあった第一次世界大戦頃。第二次世界大戦後も、第1次〜第4次中東戦争イラン革命、イラン・イラク戦争湾岸戦争イラク戦争、シリア内戦などなど動乱を繰り返しながらも、中東は石油の一大産出地として地位を保ってきた。

中東動乱ではアメリカとロシアの代理戦争がかなりのウェイトを占めている。そこにイランによる勢力拡大が加わる。1980年代に革命によって親米派政権を倒して、宗教上の最高指導者が国の最高権力を持つイスラム共和制を打ち立てたイランは、イスラムシーア派による支配を他国にも広げようとさまざまな活動を行っている。イランの軍事作戦の中心人物であったソレイマニが2020年1月にアメリカに暗殺されたが、彼は生前こんなことを述べていたという。

“We are witnessing the export of the Iranian Revolution throughout the region—from Bahrain and Iraq to Syria, Yemen, and North Africa.”

われわれはイラン革命が地域全体に伝わるさまを目撃しているーーバーレーンイラクから、シリア、イエメン、北アフリカに至るまでだ。

しかし、アメリカのシェールオイル利用やロシアの石油増産が進みつつあるなか、これからも中東は石油・天然ガスの分野でこれまでのような影響力を保てるだろうか?

 

本書は、国家間の地政学的競争関係/協力関係がエネルギー政策に色濃く反映され、またエネルギーをめぐる思惑が国家間関係に影響を及ぼしてきたという双方向の現状をとらえている。このため〈ロシア〉〈中国〉〈中東〉パート(というかアメリカのパート以外全て)では、領土問題をはじめとする複雑な国家間関係をかなりくわしく説明している。

“The New Map”という本書のタイトル通り、とくに重要視されているのは政権の移りかわりや、新たな油田・ガス田発見により輸入国が輸出国に転換するなど、国家としての役割が変わることだ。逆に、サウジアラビアのような、世界最大の石油輸出国ながら政権が比較的安定しており、すぐには役割転換しそうにない国については、章の後のほうにまわされている。

"The New Map" の一例をあげると、ロシアは長きにわたってパイプラインを通してヨーロッパに天然ガスを供給し、主要中継地であるウクライナは通過費用徴収で潤いつつ、みずからも国内需要の2/3をまかなえる天然ガスを産出している。トランプ大統領は自国のシェールガス革命で生産されたLNGをヨーロッパに売り込むべく、ロシアードイツを結ぶ新規パイプライン建設を制裁する方針を打ち出し、これにEUは激怒。ロシアは天然ガスの売りこみ先として中国と緊密な関係を築きながら、中国がロシア東部や中央アジアで勢力拡大していることを警戒している、というぐあいだ。

アメリカの経済アナリストである著者は「アメリカに敵なすもの」にはけっこう批判的な視線を向けているように感じたが、アメリカ一強ではない、さまざまな国家がさまざまな思惑をたたかわせる様は、シェールガス賛美を主題とする〈アメリカ〉のパートよりもおもしろく感じられた。とくに貿易の要である南シナ海をめぐる思惑は面白い。

Through its waters pass $3.5 trillion of world trade—two-thirds of China’s maritime trade, and over 40 percent of Japan’s and 30 percent of total world trade. The flows include fifteen million barrels of oil a day—almost as much as goes through the Strait of Hormuz—as well as a third of the world’s LNG. (...) Ten percent of the world’s entire fish catch comes from it, 40 percent of its tuna. 

南シナ海の)海を介して、3.5兆ドルもの国際貿易が行われている。これは中国の海上貿易総額の2/3、日本の海上貿易総額の40%以上、世界の貿易総額の30%にあたる。南シナ海海上貿易には、1日当たり1500万バレルの石油ーーホルムズ海峡を通過する石油量とほぼ同じーー、それにLNGの輸送総量の1/3が含まれる。(......)世界総漁獲高の10%が南シナ海からあげられる。マグロにいたっては総漁獲高の40%が南シナ海産だ。(私訳)

中東について、石油過重依存の状態がこれからも続くのか、著者は疑問を投げかけているが、この本を読んでいて、2020年4月に原油先物価格が史上初めてマイナスになったことを思い出した。新型コロナウイルス流行が直撃し、原油消費量が大幅減、価格が暴落したところを、底値狙いの一般投資家が市場になだれこみ、さらにそこをプロの空売り投資家に狙い撃ちされたのが原因だという。中国で販売されている投資商品「原油宝」が多額の評価損を確定させ、販売元の中国銀行が政府のバックアップのもと補償する声明を出すさわぎになった。マネーゲームが原因の大半とはいえ、新型コロナウイルス大流行で消費が冷えこむ中、原油価格は持ちなおす気配をみせない。それでも新型コロナウイルス大流行後の経済回復期には、原油消費量は回復するだろうと著者は見立てている。

中国の銀行「原油先物マイナス」でカモられた訳 | 財新 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース

 

それぞれの国の歴史、政策、油田・ガス田分布、環境問題やその未来展望まで、「全部盛り」のような一冊。世界規模のエネルギー情勢について興味があるならば、欠かせない一冊。