コーヒータイム -Learning Optimism-

18歳のわが子に読書をすすめるために、まずわたしが多読乱読しながらおすすめを探しています。英語書や中国語書もときどき。

ナイジェリアとイギリスの価値観が出会うとき〜チアヌ・アチェべ《崩れゆく絆》

 

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

 

ノルウェー・ブック・クラブが選出した「世界最高の文学100冊」(原題:Bokkulubben World Library)の一冊。わたしにとっては初のアフリカ文学。

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好きです。価値観のぶつかりあいが。

《崩れゆく絆》がテーマに据えたのは、19世紀後半、ナイジェリア南東部に暮らすイボ族をベースに脈々と受け継がれてきた伝統的価値観と、この土地を植民地統治下においたイギリスがもたらした西洋的価値観のぶつかりあい。

 

主人公オコンクウォ(ンクウォの市の日に産まれた子の意味……めちゃ発音しづらい!)はレスリングで九つの集落に名をとどろかせる戦士にして疲れ知らずの働き者だが、怠け者の父親のようになることを心の底では恐れている。男らしく、力強さを見せなければならないことにこだわるあまり怒りっぽく、がむしゃらに働く。3人の妻を娶って子供をもち、2つの納屋をヤム芋でいっぱいにしたオコンクウォは、地元を代表する裕福な、成功した男だとみなされていた。

大地の女神にささげる豊穣祭、精霊や祖霊たちとの交流、婚礼儀式、先祖代々の伝統的行事が、オコンクウォの日常とともにきめこまかく描写される。アフリカに詳しくない読者にも、オコンクウォをとりまくにぎやかな様子がまざまざと目に浮かぶ。

ところがある日、「白い男」が現れたという噂話がもたらされた。まもなく西洋の宣教師たちが通訳を伴って現れ、それまでの土着の神々ーー大地の女神、空の神、雷の神たちーーを捨てて、唯一の造物主を崇めよと説き始めた。

教会が建てられ、学校や診療所が建てられた。学校に通えば数ヶ月で書記官などの職につくことができるとされ、診療所でもらえる薬は速く効くといわれるようになった。貿易商館が建てられ、椰子油などによって大金がもたらされた。

「白い男」たちは政府まで持ちこみ、廷吏をおいて裁判を行うようになった。オコンクウォが親友オビエリカからこの話を聞いた場面は象徴的。

「白人は、土地に関する慣習をわかってるのか」

「そんなわけないだろ。われわれの言葉すら話せないというのに。白人はここの慣習は悪いと言うだけさ。そのうえ、白人の宗教に乗りかえた同胞ですらも、ここの慣習は悪いと真似して言う始末だ。同胞が背を向けているというのに、どうやって戦えるというんだね。白人ときたら、まったくずる賢いやつらだよ。宗教をひっさげて、静かに、平和的にやってきた。われわれはあのまぬけっぷりを見て面白がり、ここにいるのを許可してやった。しかしいまじゃ、同胞をかっさらわれ、もはやひとつに結束できない。白人はわれわれを固く結びつけていたものにナイフを入れ、一族はばらばらになってしまった」

 

著者のすごいところは、オビエリカがいう「一族はひとつに結束していた」ことが必ずしも正しい認識ではなかったことを、それまでの伝統的土着社会についての描写でしっかり入れていたこと。

産まれた双子を不吉だからと森に捨てられた母親。早死にした子を悪霊としてよみがえらないよう切り刻まれた母親。巫女のお告げにより親友を殺された少年。怠けものとして爪弾きにされていた男たち。彼ら彼女らは村八分や一族追放をおそれて悲しみや憤りを腹のうちにためこんでいたにすぎず、西洋の宣教師がやってきたとき、最初に改宗したのが、伝統的社会で生きづらさを抱えていた彼らだった。逆に、伝統的社会でうまくやってきていたオコンクウォのような男たちは、宣教師たちを煙たがった。

このことは象徴的だ。人は、自分自身がうまくやっていける社会制度を肯定する。オコンクウォがまさにそうだった。勇敢で成功した男だと評価してくれる伝統的土着社会にこだわり、白人を追い出さない同胞たちを女々しいと決めつけた。

だが、「政府を持ちこんだ」ことこそが、白人の真におそろしい点だった。白人は政府機関や裁判所の人間を、彼らに従う現地住民におきかえた。伝統的土着社会で許されていた、一族の中で紛糾を解決する方法ーー罪人の家を焼き討ちにし、同族を殺した者を七年間追放するなどーーを白人は認めず、投獄、死刑などで罰するようになった。問題は(明らかに)それを実行するのが、他族とはいえ現地住民の黒人たちだったことである。彼らを正当な理由なくして殺すことは許されていなかった。

オコンクウォは白人を追い出さない同胞たちに失望し、ついには絶望したが、彼もまたみずからの悲劇的行動で、これまでのやり方ではもはや解決できない時代のうねりが来たことを証明してみせた。

 

わたしたちは、自分が生まれ育ち、慣れ親しんだ社会制度こそが正しいと信じこみ、そこから外れれば罰せられるのはあたりまえだと無邪気に思う。だがどんな社会制度も完璧ではなく、どんな社会も構成者全員が満ち足りているわけではない。違う社会から来た人々にとっては、わたしたちのやり方こそが奇妙であり、正さなければならないと映るかもしれない。そのとき彼らが社会制度を変える足がかりにするのは、わたしたちの社会で不満をくすぶらせている者、承認されていないと思う者たちだ。

《崩れゆく絆》は素朴で読みやすい物語を通して、このうえなく残酷にこのことを見せつける。

《崩れゆく絆》の舞台はいまから100年前、植民地化前後のナイジェリアである。では現代社会ではこのようなことは起こらないのか? ーーそうではないことをわたしたちは知っているはず。あなたにも少しでも心当たりがあるならば、ぜひ本書を読んでほしい。