コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

新本格ミステリーにようこそ〜知念実希人『仮面病棟』『時限病棟』『硝子の塔の殺人』

コロナ禍のさなか、Twitterで積極的に情報発信したり、ワクチン接種出来るところを紹介したりと、精力的に活動している知念実希人先生を知った。小学館が出した、コロナに関する不適切な雑誌記事をきっかけに小説作品を引き上げるという、医師としての矜持、小説家としての覚悟を見せられ、この人が書く作品はどんなものなのだろうと興味をもった。ミステリー小説はホームズなどの超有名どころくらいしか読んだことがなく(探偵漫画はよく読むが)、選び方もわからないので、書店でおすすめされた作品をとりあえず3点購入。

 

仕事柄、最初のページにある田所病院各階フロア図に興味を持ち、じっくりながめてみた。動線がおかしいところがあるな、と、頭の隅に引っかかりを覚えたが、それが物語中盤で生きてきたのを読んで嬉しくなった。

ミステリーをあまり読まないわたしにとって、読みながらあれこれ想像したことがアタリになるのは珍しい。たまにこういうアタリを引けば得意な気分になる。「あたった!」という感覚が嬉しくて、どんどん読み進める。

……と思ったら最後に思い切りひっくり返された。

こう来るかーー!! と叫びたくなったけれど、なぜか、パズルのピースがすべてあるべき場所に嵌ったようなすがすがしさを感じた。主人公の速水秀悟医師のように、真実に手が届かないもどかしさを味わい続けてきたためかもしれない。

速水秀悟医師は探偵でもなければ警察関係者でもなく外科医であり、特段ミステリー好きでもない。それが当直先の田所病院でいきなり人質籠城事件に巻きこまれ、銃で撃たれた女性の手当てを行い、なにかを隠している様子の田所院長や看護師らと衝突しながら、犯人を刺激することなく人質を助ける方法を必死に考える。だがたどりついた真相はあまりにも残酷なもので……。後味は決して良いとはいえないが、ある意味納得出来るものではあった。

 

『仮面病棟』の事件が起きた数年後。舞台は同じく田所病院、最初のページにある見取り図まで同じ。看護師の倉田梓はいきなり拉致され、田所病院の透析室で目を覚ました。同じように拉致監禁された四人の男女とともに梓が目にしたものは、病院一階のロビーに並べられたタイマー付きの大量のガソリンタンク。制限時間が迫る中、クラウンと名乗る謎の犯人が出すヒントを手がかりに、梓たちは死のリアル脱出ゲームの舞台となった田所病院から脱出することを目指す。

ガソリン放火の恐ろしさをまざまざと見せつけた2019年の京都アニメーション放火殺人事件後ではいっそう恐怖をもたらす本作だが、前作『仮面病棟』よりも舞台設定はわざとらしいというか大げさで、倉田梓もなにか隠しごとをしている「信頼できない語り手」であることが匂わされる。ゲームの中の現実、現実の中のゲームが螺旋のようにからまりあい、不思議な感覚をもたらす。

そう思って最後まで読んで「うわあああああ」と頭を抱えてしまった。なんでこのことに気づかなかったんだ……小学生向けノンフィクションで読んで知っていたのに……と悶えた。『仮面病棟』に続いて『時限病棟』が書かれた必然性がバチッと嵌った。

トリックはわたしが好きな某映画シリーズを彷彿とさせるが(シリーズ名を出すと壮大なネタバレになるから言えない)……それにしてもこう来るか!? という意外などんでん返しが待ち受けていた。でも読み返してみたら違和感ある状況設定といい物語進展といい、さりげない手がかりはたしかにあった。田所病院を舞台にした作品が今後執筆されることはなさそうで、残念極まりない。2冊続けて読んで大正解。めちゃくちゃ面白かった。

 

最新作。とある山奥にそびえ立つ硝子の館の主に招待された医師、刑事、名探偵、ジャーナリスト、小説家、霊能力者といったなんとも個性的な面々。雪に閉ざされた館で起きる密室殺人。熱狂的ミステリーマニア兼自称名探偵の碧月夜(あおい・つくよ)が事件の真相を追う。

という王道展開をみせる一方、ミステリー小説のことになると目の色が変わる月夜嬢が、新本格ミステリーについて作家名と作品名を出して熱弁をふるいまくるおかげで、新本格ミステリー入門講座みたいになっているのが面白い。

物語構成も面白い。プロローグでいきなりこれを書くか? という場面から始まり、そこにたどり着くまでの経緯が語られる。しかしさらに隠された真相があり……という構成。この作品もとある超有名推理小説を思い浮かべてあれこれ想像しながら読んでいたけれど、アタリが出て嬉しくなった。もしかしたら意図的にオマージュにしたのかもしれない。

 

3作続けて読んでみたけれど、いずれもミステリーにあまり馴染みがないわたしにも充分楽しめたし、現役医師が執筆しているだけあってしっかりとした医学知識に裏付けされているのが嬉しい(それだけに背筋が寒くなるような設定もあるが)。これからも新作をチェックしたい。