コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

【おすすめ】2008年金融危機、なぜリーマンは救済されなかったか〜A.S.Sorkin “ Too Big to Fail”

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。米ニューヨーク・タイムズで金融と企業合併を専門とする敏腕記者が、約500時間のインタビューと膨大な記録・資料に基づいて書いた、「あのときなにが起こったか」を理解しようとするための本。

 

2008年金融危機リーマンショックと呼ばれる、アメリカ合衆国投資銀行リーマン・ブラザーズ破綻、および連鎖的に続いた世界規模の金融危機である。わたしは当時金融というものにまったく興味がなかったが、「サブプライム」「リーマン・ブラザーズ」「FRBバーナンキ議長」などのキーワードが毎日毎日飛び交っていたのでいつのまにか覚えてしまった。わたしは投資銀行というものがどういうビジネスをするのかまったくわからなかった。なんとなく、信用力の低い人々が組んだ住宅ローンが金融危機を引き起こしたらしいという印象を抱いた。

あれから10年以上経ち、ABS(資産担保証券)、CDO債務担保証券)、格付けなどを始めとする金融知識が多少増え、金融危機ウォール街のろくでもないマネー・ゲームが引き起こしたという印象を強めた。そのマネー・ゲームの中身をさらに詳細に解き明かそうと試みたのが本書。

本書では、章ごとに主要登場人物が違う。序章ではアメリカ四大銀行の一つであるJ.P.モルガン・チェースのCEO、ジェームズ・ダイモン氏が2008年9月13日(リーマン破綻2日前)に自宅でコーヒーを淹れる場面から始まる。第一章は遡って2008年3月にリーマン・ブラザーズのCEOであるファルド氏がメルセデスで自宅を出る場面から、第二章は財務省長官ポールソンが電話をかけながらリビングを行ったり来たりする場面から始まる、という具合。それぞれの章冒頭で主要登場人物を紹介してから、彼らの生い立ちやこれまでのキャリアについての過去話(日経新聞の『私の履歴書』に似ている)、金融危機前に取った行動などを紹介しつつ、徐々に2008年9月15日ーーリーマン破綻のXデーに近づいていく。
一読してみてまず驚くのは、当事者たちはサブプライムローン担保証券がリスクを低減するものではないこと、それどころかあまりにも多くの金融機関に保有されているゆえに金融システムそのものに脆弱性をもたらしかねないことを、すでにある程度予見していたということ。インタビューを受けたのが【金融危機が起こったあと】であれば、「だからあの時言ったのに」という方向に微妙な記憶修正がかかっていても不思議ではない(それを防ぐために著者はできる限りメールなどの文書記録を入手している)が、まわり全員問題ないと信じているときに、金融危機が起こるかもしれないなどと話したら、どういう反応が返ってくるかも想像つく。それにしても……である。

次に驚くのは、ウォール街と政府機関があまりにも複雑に絡みあった人間関係を築いていること。ポールソン財務長官はアメリカ最大の投資銀行ゴールドマン・サックスの元CEOで、ファルド氏とも親交があり、ファルド氏の依頼であのウォーレン・バフェット氏にリーマン・ブラザーズに投資する気がないか打診している。投資銀行経営陣を経て財務省入りするのは決して珍しいことではなく、むしろ当時の財務次官ガイトナー氏(第三章の主人公)は財務省生え抜きであったためウォール街の覚えはめでたくなかったという。山崎豊子の小説『華麗なる一族』そのままの世界で、我々庶民から見ればたいしたことがない手違い(英国出身のファンドマネジャーをコーヒータイムに誘うなど)で、対人関係に微妙な温度差が生じるところまでそっくり。これで政財癒着するなというのは無理な話で、実際、どの投資銀行公的資金=税金で救済するか、判断は多分に政治的であった。

人間模様とは別に、おそらく投資に興味ある読者が知りたいのは、破綻直前のリーマン・ブラザーズの内情がどうなっていたかということだろう。この本では、リーマンの会計事情の一端がほのめかされる。簿記会計(資産取得時の支出金額で資産計上し、決算期に評価替えを行わないやり方)ではなく時価会計(一部の金融商品が持つ「含み損益」を毎期ごとに評価・検討して財務諸表に反映するやり方)にするように法改正された際、リーマンは日ごとに含み損益を評価していると説明しつつ実は四半期ごとにしか評価していなかった。リーマンは四半期決算直前に保有国債を現金化して見かけのレバレッジを低く抑え、四半期決算後に買い戻した。こういった会計手法は違法とまでは言えないかもしれないが、投資家の判断を誤らせかねないものであり、見破るのがなかなか難しいものでもある。