コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

唖然とするしかない、歴史的必然〜阿部智里『追憶の烏』

……なんだこれ。

第二章「その夜」を読み始めてすぐに呆然とした。

読み進むにつれて、なぜかどんどん物語に共感出来なくなっていった。わたしはいつも小説の主人公や主要登場人物に感情移入して読み進めるのに、それがどうしようもなく難しくなり、知らずに冷めた視点になっていった。なにかが頭の片隅でざわめいていて、やがてそれが形をとった。……中国史で、たぶん、似たようなものを読んだ。

急激な改革をすすめる皇帝と、負担を強いられる臣下の関係が軋むのも。今上皇帝のやり方に賛同出来ないとして、古参重臣たちがひそかに政権交代をたくらむのも。後釜に据えるべく「正統なる血筋をもつ皇子」をかつぎ出すのも。忠誠を誓うべきは王朝であって皇帝個人ではないという理屈も。ぜんぶ、《資治通鑑》をはじめとする中国の歴史書で繰返し記録されてきたことだ。

さすがに『追憶の烏』で陰謀の裏側に張りめぐらされた女たちの憎悪にはぞっとしたが、表舞台に出てくる男たちの野心と保身的態度は、中国史に照らしあわせてみれば、決して珍しいことではなかった。そう思ったとき、ああ、だから東家当主はあの言葉を口にしたのだな、と思った。

「ーー奈月彦さまや、あなたが見逃していたもの。それは、四家の重みです」

 

本書は和風ファンタジー八咫烏シリーズ〉の第二部第2巻。八咫烏とは人の姿形と鳥形を取ることができる〈神の御使〉。人間世界と幾つかの門で繋がる〈山内〉という美しく閉じられた異界で暮らしている。

第一部は貴族の姫君達が入内する王朝恋物語からはじまり、次期君主となる若宮と貴族連中の政治駆引き、八咫烏とは別の生き物である〈猿〉が引き起こす大事件、それにより〈山内〉が滅亡の危機にさらされていることが語られた。第二部第1巻となる『楽園の烏』は、第一部終了20年後から物語が始まり、偽りの楽園に変わり果てた〈山内〉について語られた。以下記事参照。

タイトル泣かせ〜阿部智里『楽園の烏』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

本書『追憶の烏』は第一部終了数年後から始まり、第一部と『楽園の烏』との間に横たわる、空白の20年間に起きたことについて語られる。

『楽園の烏』でなぜ〈山内〉があのように様変わりしたのか、すべてが説明されたわけではないけれど、垂氷の雪哉が冷酷無比の博陸侯雪斎となった、ポイント・オブ・ノーリターン=引返し不能点が明らかになる。このうえなく苛烈な形で、雪哉は己の心のあり方をつきつけられ、賛否両論あれど、ある意味忠実に心の声に従ったともいえる。

『追憶の烏』の物語はここで終わっている。これから〈山内〉はどうなるのか、どのような巻き返しがはかられるのか、次作が待ちきれない。