コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

〈半沢直樹シリーズ〉がもっと面白くなるかも〜H.M. Schilit他 “Financial Shenanigans, Fourth Edition”

Ecclesiastes 1:9 - quid est quod fuit ipsum quod futurum est quid est quod factum est ipsum quod fiendum est

What has been will be again, what has been done, will be done again; there is nothing new under the sun. (Ecclesiastes 1:9)
先にあったことは、また後にもある、先になされた事は、また後にもなされる。日の下には新しいものはない。

ーー旧約聖書《コヘレトの言葉》1章9節

これに私はつけ加えたい。「先にあったことを繰り返さないために、人は歴史を記す。先にあったことが歴史から消えさったとき、後になされる準備は整った」と。

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。以前読んだ本で、財務諸表の読み方をある程度学んだ。次に興味をもったのは「いかに財務報告を操作するか、またどんな実例があったか」だ。Amazon電子書籍で検索をかけてみたところ、本書がヒットしたので購入してみた。以前の読書感想を置いておく。

株式投資を始めるならまず財務諸表を知れ〜國貞克則『決算書がスラスラわかる財務3表一体理解法』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

本書の位置付け

本書は投資家やアナリスト向けの財務報告偽装手法の入門書。さまざまな偽装手法をタイプ別に整理し、実際にあった偽装事件を企業の実名付きで紹介し、そこから学べることとして、財務諸表のどのような点に注目すれば偽装を見破りやすくなるかまとめている。

上場企業が「会社経営よりも〈株式市場やウォール街が求める数字をあげる〉ことに注力した結果起こった」偽装事件がメインであり、非上場企業が税金対策などを目的に利益をごまかすケースは入っていない。そもそも本書のベースとなったのは、米証券取引委員会(Securities and Exchange Commission, SEC)が、証券法違反事例について、会計判例ともいうべき会計監査執行通牒(Accounting and Auditing Enforcement Releases, AAER)で公開している偽装事件であるからさもありなん。また、それぞれの偽装事件で、財務諸表のどの数字がどのように改ざんされたかについてもざっくりとした説明にとどまることが多い。偽装手法を網羅的に紹介することが主目的であり、詳細は他資料にゆずるという印象。

登場企業としては、有名すぎるエンロンワールドコムをはじめ、過去四半世紀の間に起こった財務報告偽装や詐欺事件の関連企業など。オリンパス損失隠蔽事件や東芝粉飾決算事件など、日本企業も登場する。

 

本書で述べていること

著者は財務報告偽装を4タイプに分けている。それぞれのタイプは、さらに複数の手法に分けることができる。

  1. 収益操作偽装 (Earnings Manipulation Shenanigans)
  2. キャッシュフロー偽装 (Cash Flow Shenanigans)
  3. 主要指標偽装 (Key Metric Shenanigans)
  4. 取得会計偽装 (Acquisition Accounting Shenanigans)

以下、本書を参照してそれぞれ簡単に解説。

 

【1. 収益操作偽装】

もっとも広く使われており、本書の半分近くがこの説明にあてられている。主に売上水増、損失隠蔽、経費操作など。

株式市場では営業利益が重視される傾向があるため、営業利益を良く見せる、すなわち「売上高」「売上原価」「販促費及び一般管理費」を操作する手法がやや多いように感じられる。ドーナツ製造設備を出荷し、売上高に計上する一方、実は顧客納品するのではなく自社管理の保管場所に置いておく(クリスピー・クリーム・ドーナツ、2003年度)、リスク引受けのない保険契約を結ぶ(AIG、2004年度)、グローバルネットワークビジネス売却益をなぜか「販売費及び一般管理費」と相殺させることで営業利益を底上げする(IBM、1999年度)などなど、書ききれないほど多種多様。財務諸表の細かいところまで読まない投資家はまずだまされる。

 

【2. キャッシュフロー偽装】

投資家が注目する営業活動によるキャッシュフロー(本業での現金流出入)が操作される。主に投資・財務活動による現金流入を営業活動につけかえたり、逆に営業活動による現金流出を投資・財務活動につけかえたりする。本来営業費用とみなすべき回線接続料を設備投資費用とみなし、営業キャッシュフローから投資キャッシュフローにつけかえる(ワールドコム、2002年度)など。

 

【3. 主要指標偽装】

企業の評価指標はパフォーマンス評価指標と経済健全性評価指標に大別でき、企業や業界ごとにさまざまな指標が使用される。アナリストがよく使うDays Sales Outstanding(DSO、売掛金回転日数)やDay’s Sales in Inventory(DSI棚卸資産回転日数)などの指標に加え、たとえば航空業界であれば、フライト空席率なども良い指標になるかもしれない。ただし、これらの指標はGenerally Accepted Accounting Principles(GAAP、一般に公正妥当と認められた会計原則)に規定されていないものも多く、企業が自由に定義できるため、参照にあたって定義をよく確認しなければならない。(*1)

(*1) 本書の趣旨から外れるが、日本の「待機児童」数が非常によい例だと私は思う。「待機児童」と言われれば、ふつうは「保育園に申しこんだけれど入所できなかった児童」のことを指していると思いがちである。このため、横浜市か待機児童ゼロを達成したと聞けば、横浜市では児童は全員希望すれば保育園に入れると思うかもしれない。

その理解は間違い!!

横浜市では待機児童の定義として「保育所等の利用申込をしたにも関わらず、定員超過により利用できなかった児童(保留児童)のうち、国の指針に基づいて除いてよいとされている項目を除いて集計しています」と資料にあり、育児休業中の家庭の児童、特定の保育所等のみを希望する児童、近くに空きがあるにも関わらず入所を希望しない児童などは定義上「待機児童」に含まれない。保育園に入れない児童数という意味では「保留児童」数の方が適切である。ちなみに公開資料によれば、令和3年4月時点で横浜市の待機児童数は16人、保留児童数は2842人。

 

【4. 取得会計偽装】

企業買収は実にさまざまな手法で粉飾決算に利用出来るため、著者は企業買収によほど気をつけなければならないと読者に呼びかける。企業買収する→減損処理して賃借対照表より削除する(しかし買収金はなんらかの手段で "cookie jar" として保持しておく)→このお金で(提携企業などを通して)自社製品購入させる→売上金を水増しする、などというのは典型的。一方、相場よりも高額で企業買収し、差額をのれん代として計上しておいて、後日減損処理するときにもともとあった隠れ損失を償却する手法もある(オリンパス、2008年度)。

 

感想いろいろ

財務報告偽装を見破ることを、著者は犯罪学にたとえているが、私は推理小説で探偵が犯人のトリックを見破るのに似ていると思う。この本は「よく使用されるトリック一覧」のようなもの。個別株式投資を考えている投資家であれば知っておかなければならないことばかりで、大変興味深く読んだ。

財務報告偽装については銀行を舞台にした人気シリーズ〈半沢直樹〉でも馴染み深いが、第三作『ロスジェネの逆襲』での子会社を利用した決算粉飾手法もしっかり登場するため、『ロスジェネの逆襲』を読む前に本書を読めば、より深く楽しめたかもしれない。