コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

仮想現実をめぐる競争〜白辺陽『メタバース 完全初心者への徹底解説』

 

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。2021年10月、Facebookが社名をMetaに変え、メタバース事業に注力することが発表された。このことで「メタバース」という新技術について興味をもち、本書を手に取った。

 

本書の位置付け

メタバース」は以下の意味合いで使用される。

メタバースとは、メタ(meta:超)とユニバース(universe:宇宙)の合成語です。 メタという言葉は、ある世界から超越した世界、次元が異なる高次元の世界、といった意味合いで使われます。

本書はメタバースの入門書として、由来、歴史、サービスの現状、代表事例、関連企業などの基礎事項をひと通り紹介する。製品紹介程度にとどまり、IT技術などの詳細にはあまり踏みこんでいない。

 

本書で述べていること

メタバースの定義は諸説あるが、本書では投資家のマシュー・ボール氏の説明を参照して、メタバースは①永続的であること、②同時多発的でライブであること、③同時接続ユーザー数に制限がなく、各ユーザーに「存在感」を与えること、④完全に機能する経済であること、⑤デジタルとフィジカルの世界の両方にまたがること、⑥前例のない相互運用性を提供すること、⑦信じられないほど幅広い貢献者によって作成・運営されること、としている。

The Metaverse: What It Is, Where to Find it, and Who Will Build It — MatthewBall.vc

メタバースのプラットフォーム及び「事実上の標準」設立をめぐって熾烈な競争が繰り広げられている。いずれもまだ雛型の域を出ない。Facebook(現Meta)ではHorizon Homeという仮想会議室サービスのベータ版を提供。MicrosoftはMesh for Teamsを発表。ほかにも、

  • 米津玄師がバーチャルライブを開催したフォートナイト(Epic Gamesという米国企業が開発)
  • 自然風景や街並みを自分で作成できるマインクラフト(スウェーデンの個人が開発、Mojang AB名で企業化後、2014年にMicrosoftに買収された)
  • ゲームを自作し販売できるROBLOX

など、さまざまなサービスがすでに実用化されており、本書は代表事例を画像やリンクつきで紹介する。

 

感想いろいろ

メタバースについて知れば知るほど、こいつはいわゆる「検索エンジンにおけるGoogleの地位を獲得するための競争」であるのだと感じる。

2021年現在、検索エンジンのない生活など(世界のごく一部を除いて)ほぼ考えられない。検索エンジンの最大手であるGoogleは莫大な利益を手にしているのはもちろん、文字通り世界のあり方そのものをつくり変えてしまった。信じられないほど簡単に、信じられないほど質量ともにすぐれた情報にアクセスでき、また、個人レベルで全世界に向けて情報発信できる世界。それがGoogle(及びYouTubeを含めた傘下サービス)のある世界だ。

メタバース検索エンジン以上の可能性を秘めている。なにしろ仮想世界そのものをつくり、その世界に入りこむような疑似体験ができるのだ。人類は昔から文学、絵画、彫刻、建築などを通してさまざまな思考を形にしてきたことを考えると、みずからの頭の中の世界をなんらかの形で表現するのは、すべての人間がもつ根源的欲求だ。メタバースを利用すれば、望むものをありえないほどの精緻さで可視化でき、没入体験までできるのだから、個人レベルでもビジネスレベルでも無限の可能性があるのは明らか。IT企業が目の色変えるのも無理はない。

実際、本書ではすでにいくつか実用化されているサービスを紹介しているーー

  • ユーザーが仮想世界を構築でき、その世界でユーザー同士が会話できる。たとえばVR Chatはこのサービスに特化している。任天堂のゲーム『あつまれどうぶつの森』も初期的ではあるがこのタイプといえるかもしれない。
  • メタバースではブロックチェーン技術に基づく仮想通貨を利用した取引ができる。たとえば Decentralandというサービスでは、仮想通貨イーサリアムをベースにした通貨MANAでアバターのアイテムなどを取引出来る。

ただし、マシュー・ボール氏の説明によれば、初期にはただの文書作成/文書閲覧/情報共有手段とみなされていたインターネットがそれ以上の存在となったように、メタバースは「仮想空間、仮想現実、デジタル経済、ゲームなどではなくそれ以上の存在」であるべきであり、あらゆるデジタル技術がそうであるように、メタバースの真価は数十年経たなければわからないかもしれない。わたしたちの子どもが成人し、自分たちの子どもをもつころには、世界はわたしたちが想像もできないものになっているかもしれないーーわたしたちの親世代がそう感じたように。

 

あわせて読みたい

メタバースという用語はNeal Stephenson氏によるSF小説 『Snow Crash』に初登場したというけれど、残念ながら未読なのでまたの機会に紹介したい。この小説では多数の参加者が自由行動できる仮想世界が描かれており、その世界のことをメタバースと呼んでおり、現在の「メタバース」も基本的にこの意味だそう。

それ以外の仮想現実についてのフィクションをいくつか。

まず映画では『マトリックス』シリーズは外せない。人類が生きる社会そのものがコンピュータによって作られた仮想現実であり、現実の世界はコンピュータの反乱によって人間社会が崩壊し、人間の大部分はコンピュータの動力源として培養されている。ディストピア化した世界で、覚醒したわずかな人類とコンピュータとの熾烈な戦いを描く。仮想現実に入るのに、メタバースのようにVRヘッドセットを装着するのではなく、後頭部にある穴にプラグを挿入する(初見時はびびった)。

ライトノベルでは『ソードアート・オンライン』シリーズは外せない。VRMMO(Virtual Reality Massively Multiplayer Online Game、仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム)として開発されたゲーム「ソードアート・オンライン」に一万人のプレーヤーとともに専用デバイス「ナーヴギア」で参加した少年キリト/桐ヶ谷和人だが、突如現れたゲーム開発者茅野晶彦が「君たちはゲームクリアするまでログアウトはできず、ゲームでの死は現実の死を意味する」と宣言したことで、デスゲームの幕が上がるーーという物語。

一見仮想現実のマイナス面を強調しているようだけれど、もともとVRMMOは医療用機械として開発され、終末期患者の苦痛を和らげる、話すことができない患者が医師や家族友人とコミュニケーションをとることを可能にする、さらには仮想現実の中での外出すら可能にあるなど、本来、医学的にはメリットが多々ある技術だということが説明される。

同一作者で『アクセル・ワールド』シリーズも仮想現実を扱う。こちらは「量子接続通信端末/ニューロリンカー」という首輪のようなウェアラブルコンピュータを用いることで、生活の半ばが仮想ネットワーク上で行われる世界。ニューロリンカーから中枢神経に量子パルス信号を送信することで状況認識力や判断力を《加速》でき、相対的にまわりが遅く見えるチートスキルがある(格闘漫画でよくある「攻撃が止まって見えるから余裕でよけられる」アレ)が、誰でも使えるわけではない。《加速》を使えるようにするために、仮想世界で繰り広げられる格闘ゲームに勝ち続けなければならないーーという物語。