コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

日常生活にまぎれた悪夢がむき出しにされる瞬間〜宮部みゆき『希望荘』

宮部みゆきさんの〈杉村三郎シリーズ〉の第4作。4篇の中編小説がおさめられている。〈杉村三郎シリーズ〉を読むのはこれで2冊目で、1冊目『昨日がなければ明日もない』は別のブログ記事に書いた。

日常生活の中に立ちこめる黒雲〜宮部みゆき『昨日がなければ明日もない』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

第4作『希望荘』とこの第5作は主人公の杉村三郎が私立探偵として仕事を受けることになる物語で、その前の3作は、杉村三郎が私立探偵になる前のサラリーマン時代の物語である。

 

本書に収録されているのは『聖域』『希望荘』『砂男』『二重身』の四篇。

サラリーマンあがりの新米私立探偵であり、警察にコネがあるわけでもない杉村三郎のもとを訪れる依頼人は、全員がだれかの紹介である。依頼内容も一見日常生活のなかのちょっとした変化、不審点、気になることであり、「なんだかほうっておけないけれど、警察に相談するにはいまひとつ弱い」案件。そもそも犯罪とはいえないものもある。

しかし物語が進むにつれて、突如、表に貼られたハリボテの皮が剥がれ、日常生活の裏にある思いがけない闇があらわれる。その息詰まる瞬間、読んでいるこちらの息まで止まってしまう。

こうした瞬間を書くのが、宮部みゆきさんはほんとうにうまい。とくに『砂男』は、宮部みゆきさんのとある有名な長編小説を読んだことがある人ならきっと頭を抱えてしまうだろう。『二重身』では、結末近くは、息をするのも忘れそうになるほどの展開がつづく。

犯罪は非日常ではなく、日常と紙一重なのだと、この小説集は見せつけようとしているのだと思う。作中のとある人物の表現を借りると「憑きものみたいなもので、どうしようもない」。気さくな知人が、気弱な顔見知りが、一皮剥けば想像もつかないような過去を抱えているかもしれない。あるいは、とんでもない憑きもののせいでとんでもない事をしでかしてしまうかもしれない、恐怖。

私立探偵としてそういうことにかかわる杉村三郎は、あくまで部外者であり、依頼人がーー意図的にせよそうでないにせよーー日常生活の裏側をのぞこうとするのをすこしだけ手助けするが、依頼が終われば立ち去らなければならない。

その彼から見た日常生活にまぎれこむ悪夢、彼の言葉を借りれば「嬉しくない大当たり」がどんなものであるにせよ、立ち去るとき、杉村三郎はいつも後髪をひかれるようだ。そこに彼の優しさとお人好しさがあり、タイトルの『希望荘』から感じ取られるように、一筋の救いとなっている。